2010年05月03日

科学との正しい付き合い方

本日は内田 麻理香氏の
科学との正しい付き合い方
です。
科学との正しい付き合い方 (DIS+COVERサイエンス)

Discover社が新たに創刊したサイエンスシリーズということで
興味を持って本書を購入しました。

この本で一番最初に目を引いたのは、
「疑うことからはじめよう」というサブタイトルでした。

というのも、私も専門家以外が科学を学ぶ理由を考えていて、
その一つが「疑う力」を身につけることにあると
思っていたからです。

日常生活で「疑う」というと、
ネガティブなイメージを持ってしまいますが、
建設的な疑い方、疑い方のルールというものは存在していて、
科学を学ぶことがそれを身につける近道なのです。


なぜ、科学を学ぶのか、その一つの答えがここにあります。

普段、科学技術を意識していない文系の人にこそ
ぜひ読んで欲しい一冊です。




発達しすぎた技術製品は、私たちに「気軽に触っちゃいけないよ」
というメッセージを発しているかのようです。


「目の前にあることを疑う姿勢こそが、科学の研究を進める上での基本だ」
とあおりました。でもある女子学生に
「そんな考え方をする人生なんて、楽しくなさそう」
と見事に切り返しをうけてしまった


「今のところこれが一番『正しそう』だから、これを受け入れておこう」
という「疑い」を残した態度こそが、科学的な態度だと言えるのです。


むしろ「好きにさせる方法」よりも、「嫌いにさせない方法」を考えた
方がいいのでは、と思います。


親が興味をもっていることであれば、子どもは勝手に好きになります。
まずは親が興味を持つことが大前提ではないでしょうか。


「自分の得た情報に対する解釈は正しい!」という無知の無知が
「疑う心」を消滅させてしまう。


科学者どおりのやりとりを見ていると、
わからないことを「わからない」と素直に言える人は、確実に得をしている。


ノーベル賞・フィールズ賞の受賞者を「教祖」
そこに集った人たちを「信者」に置き換えるとぴったりの風景に映りました。


「頭ごなしの糾弾」も、まだ確定していない事柄に対して
決めつけて判断してしまうという「非科学的」な態度です。


なぜノーベル文学賞の作品に、サイエンスを題材とした作品がないのか


今のようにあまりにも科学技術が発達してブラックボックス化すると、
「人と人の付き合い」として考えることなど到底できず、
「寂しい」と通り越して「あきらめ」の気持ちも生まれてきてしまうのかな


『鉄腕アトム』で描きたかったのは、一言で言えば、
科学と人間のディスコミュニケーションということです。


科学技術を象牙の塔に閉じこめておきたい、大衆化されるのはイヤだ。


「この人はすごい」と思う人は、驚くくらい謙虚です。
(中略)
さっきまであんなに熱く主張していたのに!ということでも、
「あっ、間違ってた」とあっさり撤回してしまう。
こちらが拍子抜けするくらい潔い。






engineer_takafumi at 20:35│Comments(0)TrackBack(0)★理系本の書評 | ⇒ 一般・その他の科学

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