2011年03月09日

利己的な遺伝子

本日はリチャード・ドーキンス氏の
利己的な遺伝子
です。
利己的な遺伝子 <増補新装版>


本書は遺伝子に関する古典的な名著として
読んでみることにしました。

生物と遺伝子の関係を論じる場合、
普通は生物中心に、生物が子孫を残すために
遺伝子を利用すると考えるでしょう。

しかし、この本では、遺伝子中心に、
遺伝子が後世まで生き延びるために
生物を利用している、と説きます。

そして、遺伝子を中心に考えてみると、
いろいろな生物の行動を理論的に説明できることを
指摘するのです。

親子の関係、夫婦の関係、
本文中では動物や昆虫の例で説明されていますが、
それを人間にも適用できるのは確かでしょう。

ですから、ある意味、人間の良心を否定するように見え、
社会に大きな波紋を投げかけたこともうなずけます。


本書の中でも、私が一番感銘をうけたのは、
ミームという概念でした。

遺伝子は何もDNAの形でなくてもよく
何かを媒介して増殖する能力があれば、
それは遺伝子としての機能をはたすのです。

そうすると、人間の思想や信念なども、
人間の脳を通じて媒介する
遺伝子と解釈することもできるのです。

実際、人間は信念のために、
命を投げ打つことさえあります。

それは、DNAから見るとマイナスでしかないのですが、
後世に自分の信念を伝えるという意味では、
むしろプラスの方向にも動き得るのです。


ちょっとボリュームはありますが、
人間や生物って何だろう?
と、疑問を持つ人には、ぜひ読んでもらいたい一冊です。




彼が化学の問題について考えようとするときは、
もし自分が電子だったらどうするだろうと自問するのだという。


われわれの遺伝子は、われわれに利己的であるよう指図するが、
われわれは必ずしも一生涯遺伝子に従うよう強制されているわけではない。


自己複製子は存在をはじめただけではなく、自らの容れ物、
つまり存在し続けるための場所をもつくりはじめたのである。


遺伝子は不死身である。
いや、不死身といえるに近い遺伝単位として定義される。


ライオンがライオンを狩らないのは、
そうすることが、彼らにとってESSでないからである。
(ESS:Evolutionarily Stable Strategy)


人々が何人子どもを産むかではなく、
何歳のときに出産するかによっても人口増加は左右される


子をたくさん産みすぎる個体が不利をこうむるのは、
個体群全体がそのために絶滅してしまうからではなく、
端的に彼らの子のうち生き残れるものの数が少ないからなのである。


ほほえみや、のどをならす音を利用して親を操作することによって、
子どもは、公正な配分量以上の保護投資を親から引き出そうとするだろう。


群れに雄ライオンが加わると、
彼はそこにいる子どもを全て殺してしまうことがあるという。


棄てられそうになった雌は、雄に見捨てられる前に、
先に雄のほうを見棄ててしまうという対策をとることもできる。


もしも集団の中にふしだらな雌がいて、
妻を棄ててきた雄をいつでも歓迎しているのなら、
たとえ子どもに対してどれだけ多量の投資を加え済みであろうが、
雄は妻を棄ててしまうほうが得になるだろう。


この理論は、父親による子の保護がなぜ水中ではふつうにみられて、
乾いた陸上ではまれにしかみられないのかを
手ぎわよく説明しているのである。


不死身の遺伝子を絶やしてしまうことになるなら、
たとえ世界を手に入れたところで、
雄にはいったい何の益があろうか。


働きバチは自分の子どもを作りはしない。
彼らは、子どもではなく、近縁者を世話することに全力を注いで、
自らの遺伝子を保存しようとしているのである。


すべての生物は、自己複製をおこなう実体の
生存率の差にもとづいて進化する。


遺伝子が、その生存機械に、ひとたび、
速やかな模倣能力をもつ脳をあたえてしまうと、
ミームたちが必然的に勢いを得る。


われわれは遺伝子機械として組み立てられ、
ミーム機械として教化されてきた。


多くの人は、おそらくそういう可能性を考えることすらせずに、
相手のプレイヤーと協力して胴元をやっつけることよりも
むしろ相手のプレイヤーをやっつけようとする。


戦争全体の帰結が、彼が個人として何をなすかによって
実質的な影響を受けるということはありえない。
一方、無人地帯をはさんだ向こう側で
あなたと対峙する特定の敵兵との相互協力は、
あなた自身の運命にきわめてはっきりとした影響を与える


形式的で型どおりの発砲の儀式は二重のメッセージを送っている。
首脳陣に対しては攻撃を、敵に対しては和平を伝えているのだ


ある意味で、一つの体の中にある全ての遺伝子は、
われわれがそれを体「自身の」遺伝子と呼ぶことを
好むか好まないかにかかわりなく、「寄生的」遺伝子なのだ。


延長された表現型の世界では、
動物の行動はいかにしてその遺伝子に利益を与えるかを問うのではなく、
それが利益を与えているのはだれの遺伝子なのかを問わなければならない。






engineer_takafumi at 02:19│Comments(0)TrackBack(0)★理系本の書評 | ⇒ 生物・化学

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