2011年08月06日

未曾有と想定外

本日は畑村 洋太郎氏の
未曾有と想定外
です。
未曾有と想定外─東日本大震災に学ぶ (講談社現代新書)

本書は「失敗学」で有名な畑村氏が、
今回の震災をどうとらえているか知りたくて購入しました。


原発事故の当事者たちの「想定外」という言葉に
社会の批判が集まっています。

ただし、分野は違いますが、技術に関わる僕には
今の東電や国の叩かれ方には違和感を感じています。


一方、畑村さんの言葉には、
「想定外」や「未曾有の災害」という言葉を
安易に繰り返すことを厳しく戒めるかたわら、
社会が原発関係者を追い込んで「原子力村」ができた現実や
エンジニアの立場への考慮も含まれています。


あまりにも失うモノが多かった今回の災害ですが、
過ぎ去ったことは、そこから学ぶことでしか意味を見出せません。

そんな学びを多く引き出そうと考える著者の姿勢には
大変共感しました。


なお、畑村氏は原発事故の事故調査・検証委員会の委員長に
着任されたとのことです。

ぜひ、日本がこの事故から多くを学ぶために
畑村さんの力を発揮していただきたいものです。


特に、安全に関わるエンジニアには
必読の一冊だと思います。



安全になったために生じる新たな危険というものがある


消防団の人たちの逃避の呼びかけに素直に従ったのは、
被災経験のない新住人やよその場所からたまたまきていた人、
あるいは地震が発生したときに海のそばにいた人だったそうです。
防潮堤の内側、つまり「自分は守られている」と思っていた人たちの動きは鈍く、
避難時間はたっぷりあったのに避難しなかった人が多かったというのです。


危険を認識しながら防潮堤の外側に住んでいたことは
必ずしも愚かな選択だったとはいえなくなります。


原子力村の外の世界とのやりとりは、村ができた当初から常に敵対関係が多く、
相互理解とか融合といったものがほとんど見られなかったのです。


難しいのは想定をすること、考えの枠を決めることです。


昨今「コンプライアンス」という言葉がよく聞かれますが、
じつは「社会の要求に柔軟に対応する」というのが本来の意味です。
ところが日本ではなぜか「コンプライアンス」が「法令順守」と訳されています。
私はこれを"意図的誤訳"だと思っています。


技術の世界ではときどき「カエルのしっぽ」が見られることがあります。
これは昔大切にされていた技術が、
新しい機械になにかの形で残っていることをいいます。


技術がまだ若いときには、想定そのものに不備があることだってよくあります。
これは決して技術者の能力の問題だけではなく、
技術とはもともとそういうものなのです。
実際に使いながらいろいろ経験して学ばないことには、
技術を安全に使うことはできません。







engineer_takafumi at 22:08│Comments(0)TrackBack(0)★理系本の書評 | ⇒ その他の理系本

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