2012年12月22日

山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた

本日は山中伸弥氏の
山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた
です。
山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた

本書はノーベル賞を受賞した山中先生について
知りたくて購入しました。

この本を読んで一番感じたのは、
山中先生が驚くほど謙虚であるということです。

本書中でも、具体的な名前を挙げて
iPS細胞の発見者は助手や学生の手柄であって
自分の発見ではない、とまで書かれています。

実るほど頭を垂れる稲穂かな、
という言葉は山中先生のためにあると言っても
過言ではなさそうです。


その謙虚さがどこから来るのかというと、
先生自身が決して順風満帆の人生を歩んできたわけでは
ないということがあるのでしょう。

臨床医としての失敗、米国留学後にうつになりかけた、
そんな経験の中で謙虚になっていったのだと思います。


その反面、非常に強い意志も感じました。
先生はiPS細胞の発見者として世界的に有名な方です。

ただし、iPS細胞の実用化に向けての道は、
技術面だけでなく倫理面の課題などもあり、
決して平坦なものではありません。

そんな大きなプレッシャーが先生の肩に乗っているのです。

しかし、先生はそんなプレッシャーを
iPS細胞に関わっているのだから当然だ、
と言い切るのです。

そして、iPS細胞で助かる可能性が増える、
患者さんのことを考えて頑張っているのです。

こんな方と同じ日本人である、ということだけで
私まで誇りに感じました。


山中先生は日本人に愛される人だと思います。
本書を全ての日本人が読んで先生の人柄に触れ、
同時に強い意志を感じて欲しい。
そんな風に思った一冊でした。





iPS細胞を使えば、病気になる前の元気な心筋細胞を
大量に作り出すことができます。


iPS細胞は多くの人の努力の結晶として生まれました。
マラソンというよりは駅伝に近いと言ったほうがよいと思います。


ぼくも研修で手術を任せられたことがありますが、
うまい人なら二十分で終わるところ、二時間かかりました。


着床する直前の胚を体外に取り出し、
実験室でバラバラにして培養したものがES細胞です。


帰国して一年もしないうちに、ぼくはPADという病気にかかってしまいました。
PADとはポスト・アメリカ・ディスプレッションの略で、
日本語にすれば「アメリカ後うつ病」です。


もしダメだったら、研究者をきっぱりやめるつもりでした。
やめるきっかけとして応募したのですが、
人生もまた驚きに満ちているもので、なんと採用されました。


倫理的問題と免疫拒絶問題。
この二つが、ES細胞を医療に応用するうえで、大きな障壁になっていたのです。


ぼくは科学技術は必ず進歩するので、いまは到底不可能と思われることでも、
理論的に可能なことはいずれ必ず実現すると考えています。


細胞の時計の針を巻き戻す遺伝子四つを加え、一ヶ月ほど培養すると、
皮膚の細胞とは見かけも性質も違うiPS細胞になります。


誤解してほしくないのは、
無精子症の男性の皮膚からiPS細胞を作り、精子に分化させて、
それを受精に使おうと考えているわけではないということです。


これらの経緯からわかっていただけると思いますが、
iPS細胞樹立の立役者は、徳澤さん、一阪さん、そして高橋君の三名です。
ぼくではありません。


遺伝子は正常なのに、エピジェネティクスの異常によって
引き起こされるがんもあることがわかってきました。


培養皿に「iPS細胞」「ES細胞」というラベルが貼ってなかったら
両者を区別することはできません。
見た目で区別できないだけではなく、どんな手段を使ってもいいから
区別しろと言われても、区別できません。


悪い使い方もあり得ますが、それを恐れて研究をストップしたら、
将来、助かるかもしれない人も助からないことになってしまいます。


(重圧が研究者にとって重過ぎるという指摘に対して)
iPS細胞という技術と出会ってしまったので、当然のことだと思います。





engineer_takafumi at 23:17│Comments(0)TrackBack(0)★理系本の書評 | ⇒ 理系の人・理系社会

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