2016年01月09日

コンテンツの秘密

本日は川上 量生氏の
コンテンツの秘密
です。
コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書 458)

本書はセミナーの課題図書になっていたので購入しました。

著者はニコニコ動画を運営する
ドワンゴの会長の川上氏です。

その川上氏が、プロデューサ見習いとして
スタジオジブリで経験したことを、語る一冊です。


この本の素晴らしいところは、宮崎駿氏を筆頭とする
クリエイター達は基本的に感性で仕事をしていて
仕事の方法論は言語化されていません。

宮崎氏が絵を描くコツをスタッフに
このように説明していたそうです。

「こう」と言って上を向き、「こう」と言って右を向き、
「こう」と言って下を向き、「こう」と言って左を向き、
最後に両手の指でフレームをつくって、
「これをぎゅっとやって描くんだ」



まさに才能のある人しか理解できない世界です。

そこに著者が入り込み、単純ですが本質的な質問を繰り返し、
コンテンツの本質とは何か、を考察しています。


・ ジブリの作品があきられないのは情報量が多いからである。
・ 情報量とは線の多さである。
・ 宮崎氏の絵は「脳にとっての最高の写実主義」である。

例えば、上のように適切に、普通の人間にもわかるように
言語化されており、才能がなくても、天才の世界を
垣間見ることができます。

なぜ、ジブリや宮崎駿がすごいのか。

千と千尋の神隠しの映画を見て、
湯婆婆(ゆばーば)の顔が異常に大きいのに
なぜ、違和感を感じないのか。

そんな疑問が解きほぐされていきました。


次にジブリの映画を観るときは、
違う視点で楽しむことができることでしょう。

まさに本を読む醍醐味、視点が変わる快感を
与えてくれる一冊でした。


ジブリの作品が好きな人にお勧めの一冊です。
作り手の視点を知ることにより、
より作品を楽しめるようになることでしょう。





それはやっぱり正しいんですよ。映画を"つくる"のは監督なんですよ


ジブリに見習いプロデューサーとして入社して最初に驚いたのが、
そういうパッケージのデザインやポスターなど、
映画の映像そのものとは違う素材をどうつくるかの
ミーティングが非常に多かったことなのです。


アリストテレスはコンテンツが生まれた原因について、
「再現(模倣)」は本能であり、
人は再現することを喜ぶからだと分析しています。


コンテンツとは現実の模倣=シミュレーションである。


ジブリの映画が情報量が多いから、
いちど見ただけじゃ理解できないので、何度も映画館に来てくれるし、
何回、再放送しても視聴率が下がらないんですよ


アニメの場合の絵の情報量とは線の数です。
線の数がどれほど多いかでアニメの情報量は決まるんですよ


そもそもアニメを子どもが好きなのは
情報量が少なくて分かりやすいからなんですよ


宮さんはね、好きなものを大きく描くんだよ。
宮さんは飛行機が好きだから、宮さんの描く飛行機は
現実にある飛行機よりも大きくなる。


宮崎作品が世界で認められているのは、
正確に人間の脳と視覚構造が認識しやすい形で描いているから


脳にとっての最高の写実主義をやってのけているのが
宮崎駿だということになります。


『もののけ姫』にはモロという犬神が登場します。
このモロは、シーンに応じて自在に大きさが変わっているのですが、
みなさんは気付いていたでしょうか?


具体的にいうと、樋口は近くのものは広角(レンズ)で、
背景は望遠(レンズ)で絵コンテを描くんです


コンテンツには主観的情報と客観的情報という
二つの尺度があるとして、主観的情報量は客観的な情報量に
かならずしも比例するわけではない。
さらに主観的情報量というのは観客が何を好み、
なにを中心にコンテンツを鑑賞するかといった
顧客の属性や文脈的な状況によって大きく変化する。


僕が思うに、似顔絵とは現実の本人には
そもそも似ていないものなのです。


人間が似顔絵や略画を似ていると思うためには、
描かれているもののイメージがあらかじめ脳に
植えつけられているということが
必要だということを示唆しています。


宮崎監督は、荒地の魔女が苦しそうに階段を上がる
アニメーションはスタッフには描けないだろうと
最初は思っていたということです。
なので、苦しそうに上がっていることを表現するためには、
ソフィーが手を差し伸べるカットが必要でした。
ところが、大塚伸治なら、
苦しそうに階段を上がる様子をそのまま描ける。
だったら階段を上るだけでいい、と判断したということです。


単純化して世界を理解しているからこそ、
より単純化された似顔絵や略画、円と定規を使って描いた波に、
本物よりも本物らしさ=本質を感じるという性質が
人間にはあるのじゃないでしょうか。


人間が感じる美男美女とは遺伝子的にバランスのとれている
人間だという説があるそうです。
特徴のある顔というのは遺伝子的になにか欠陥がある。
その可能性を本能的に読み取って、
人間は平均的な顔を好むらしいのです。


ボーカルの才能で一番重要な要素は何かというと、
歌の上手さとか、魅力的な声質かどうかとか、いろいろあるけど、
大事なのは歌詞がはっきりと聴き取りやすい声質か
どうかなのだそうです。


一般にユーザーが望むコンテンツのパターンというのは、
実は少ないのです。
ユーザーの欲望に忠実であろうとすればするほど、
できあがるコンテンツは画一化してしまいます。
(中略)
コンテンツの多様性を守るためには
激しい競争をしてはいけないのです。


どうやら作者も分からない謎をつくり、観客と共有するという手法は
マンガや小説の世界ではわりと一般的にあるようです。


クリエイターとは表現をいちばん気にする生き物だというのが
ぼくのひとつの結論です。


作品を見るときになにを見ればいいか。
それはつくった人がなにをやろうとしたのか、
それを見ればいい。
そして、それが上手くいったのか、上手くいかなかったのか
それだけだ。


宮崎駿は映画を見るときも表現しか見ない


現実にはないような激しいアクションシーンよりも、
日常芝居のほうが難しいらしいのです。
なぜかというと、日常芝居では観客が見たことがある情景を描くので、
うそがすぐばれるからです。
空を飛んだり、目から光線を出したりする光景は、
どうせ、みんな見たことがありませんから
ごまかして描いても気にはなりません。
ところが、日常的なシーンはちゃんと描かないと、
とたんにうそっぽく見えてしまうそうなのです。


トトロが人気になったのは、トトロのお腹がフワフワしていて、
なんだか触るとへこんだりして気持ち良さそうだったから
というのが本当の理由に決まっているでしょう


宮さんの作品は、絵コンテがいちばんいい。
絵コンテが100なんです。


アニメだと広い野原にただ一輪咲いている花を
観客に印象づけるように描くことができる。
アニメだからできる表現、アニメだから描ける心情
といったものは存在する。


もっともCGに向いているアニメは、たぶんサザエさんだ


天才とは自分のヴィジョンを表現してコンテンツをつくるときに、
どんなものが実際にできるのかをシミュレーションする
能力を持っている人である。


すべての創作物はクリエイターの過去の経験が
元になっているというものです。
そして過去の経験とは人生経験だけではなく、
クリエイターが過去に摂取したコンテンツすべてを含むものでしょう。








engineer_takafumi at 14:16│Comments(0)TrackBack(0)★一般書の書評 | ⇒ クリエイティブ

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