2017年05月01日

言葉を使いこなして人生を変える

本日は はあちゅうさんの
言葉を使いこなして人生を変える
です。
言葉を使いこなして人生を変える

言葉と人について興味があったので、
本書のタイトルにひかれ、購入しました。


最近、言葉が人を作るという思想にはまっています。
というのも、人は言葉によって考えるので、
その言葉こそがその人の思想、そのものということです。

となると、語彙力はものごとを多角的に見る力につながるし、
独創的な言葉を使う人は、発想も独創的ということです。

このように、言葉は他人を見る時の重要な
バロメータとなるわけです。

ここまでは、普通に納得できることでしょう。

しかし、重要なのはこれからで、
言葉は対他人のコミュニケーションだけではなく、
対自分のコミュニケーションを取るためにも必要なのです。

自分のことは自分が一番わかっている、
と思いたいかもしれませんが、
実は自分のことは驚くほどわかっていません。

そこで、自分のことを理解するのに、
他人の意見を求めることが一つの手段ですが、
デリケートすぎて他人に頼ることができない場合、
自分で自分を知るには、自分が頭の中で回している
言葉を知る(書き留める)ことが重要になるのです。

ここに書きとめられている言葉は、
著者のはあちゅうさんの頭で流れている言葉です。

そんなの自分には関係ない、と思うかもしれませんが、
作家という、言葉に敏感な人が、自分を表現した
結果はとても面白いし、参考になります。

私から見ると、
「私は私ともっと仲良くなりたい」という
心から同意できる言葉もあれば、
「かわつらい」という言葉のように、
全く理解できないものもあります。

作家はパンツまで脱ぐ職業と言われますが、
まさに著者の一糸まとわぬ感情が
溢れている一冊でした。


日記を書いている人にお勧めの一冊です。
ただの出来事だけでなく、
本書をお手本に感情の変化を記していけば、
感情が安定し、個性が確立することでしょう。




言葉を覚えることは、
思考回路や習慣を変えてしまうことにもつながる。
そういえば高校時代に駅前留学していたとき、
英語に切り替わった瞬間、
ハイになるクラスメイトたちを見ていて、
「言語って怖い」と思った。


語彙力があるということは
物事を多角的に見る能力があることだし、
独創的な言葉を使う人は、やっぱり、
人の考えないことを考えつく。


私は私ともっと仲良くなりたいです。
そのためには、もっとたくさんの言葉を使って、
自分を知る必要がある。


なんでもかんでも教わるのが当たり前になって
「楽しみ方」まで人に教わるようになったら、もう終わりだなと。


知識を完璧にしないままにまずは体験してみて、
それが「いい」と思ったら、
その楽しさを自分で深めていくのが
「楽しさ」の本質だと思うのだけど。


親が死んだこと自体はすごくつらいんだけど、
そのつらさの先には、自由があった


本当に病気なのかはよくわからないけどさ、
アスペって言えばなんでも許されると思ってるんだよね。
そこは『ごめん』だろ、って思っちゃった!


人だけでなく自分に対して使う言葉にも敏感でありたい。
心の中で思い浮かべている言葉は自分への魔法だ。
間違っても、自分で自分に呪いをかけないようにしたい。


情報に対して受動的になっている人は意見を持っていないし、
意見を持っていないことに無自覚なので、
割と難しかったりも。
意見がないということは、考えるクセがないということ。


アメリカ人とケンカしたときに、
「お前はコントロールフリークだ!」
と言われて、その単語を知った。
なんでも思い通りにならないと
気が済まない人のことを意味する言葉だ。


友人は、可愛すぎてつらいことを「かわつらい」と表現して、
よくインスタグラムで使っているのだけど、
その、気持ちが溢れちゃってつらい感じ、
私もすごくわかるよ…、
と彼女の「かわつらい」を目にするたびに思う。


会社員で仕事を辞めようか悩んでいる人で、
「書いて食べていきたい」という人に
たくさん出会ったのだけど、
そういう人で、「今」何も書いていない人を
私はまったく応援しない。


つまらない小説は、読んでいて、
まったくの他人の人生相談に付き合わされている
ような感覚になるけれど、
面白い小説は新しい世界に、どぼんとダイブして、
使っていなかった器官を動かすような、
本能的なわくわくがある。


物を書くということは、
小さな国をつくる作業みたいだと時々思う。
自分の倫理観と理想に他の人を引き込む行為だ。
引き込んでいて、読者を救う意図は全然なく、
引き込むことによって得るのは、
自分の魂の安らぎだったりして、
書く人たちって本当に無責任なのだ。


言葉は大事だけど言葉を使わなくても、
共有できる感覚のほうが
最近は重視されているような感じがして。


言葉がいらず、感覚でつながるコミュニティは、
変な気負いがなくて、言葉のいる空間より平和。
でもそれって女性的なことかもしれぬ。







engineer_takafumi at 23:54│Comments(0)TrackBack(0)★一般書の書評 | ⇒ エッセイ

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