2017年05月18日

再起動 リブート

本日は斉藤 徹氏の
再起動 リブート
です。
再起動 リブート―――波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語

この本は4回再起動を果たしたという
起業家の物語です。

若くして起業して、最初はうまくいくものの
様々な困難が著者を襲います。

社員による資材の横流し、有能だが金のかかるコンサル、
自宅の競売、取引先との裁判、銀行の冷たい対応、
そして、資金繰りの苦しさ。

日記のようなスタイルで、
起業家の困難を赤裸々に語ってくれます。

もちろん、すべて実話ですので、
臨場感が高く、どんどん話に引き込まれていきました。


実は著者の斉藤さんのセミナーに参加したことがあり、
そこで、この本を読んでそれでも起業したいのであれば、
起業しなさい、と仰っていました。
まさに、本書はそういう読み方ができるでしょう。


個人的には、金融機関の言動が印象的でした。
銀行は晴れの時に傘を差し出し、雨が降ると取り上げる
とよく言われますが、その意味が良くわかりました。


起業家を志す人は必読の一冊だと思います。
起業には覚悟が必要です。
その覚悟を試してくれる一冊になるでしょう。



たったひとつだけ、起業で大切なものをあげるとしたら?
(中略)
鈍感なことだよ


クライアントからの預かり保証金が約一億円、
前受け広告費が約5000万円あったが、
それらをほぼすべて運転資金
―人件費、オフィス費用、回線費用、機器の仕入れ代金など―
に積極投入し、事業拡大を加速させていた。


15名ほどいた技術系社員のうち、
4名がオウム真理教の熱心な信者だったのだ。
彼らは社員紹介ということで次々と入社し、
中核的な立場でシステム開発をこなす傍ら、
社内で布教を進めていた。


購買や在庫管理を担当する社員まで信者となっており、
一台数百万円で販売しているシステムが
数台横流しされたことが判明した。
資金流出が早まった原因は、実はここにもあったのだ。


オフィスを借りるにも代表取締役の連帯保証は必須条件だ。
創業社長にとって、会社の借金はすなわち個人の借金なのだ。


これに乗ったら、これからも維持したい、
ずっと維持しようと思いはじめて、
もっと深い知恵が出てくるんよ。
そういうところに自分を追い込まんとつまらんぞ


一流の車に乗れば、違う世界が見えるし、
稼ぐことに真剣になるけえの。


起業家なのに事業のことを考える余裕などほとんどない。
お金を調達してくることだけが
自分に課せられた使命なのだ。


死んだらどんなに楽だろうか。
家族と会社のために一億円の生命保険をかけていた僕にとって、
それはリアルな選択肢のひとつだった。


いかに有望な技術を持っているとはいえ、
投資した分がそのまま返済に回ってしまうような
ベンチャーに出資するのは困難だ。
砂漠に水をまくようなものだからだ。
それが彼らの判断だった。


創業以来、僕はフレックスファームの
すべての金融債務に対して連帯保証をしていた。
会社の借金は個人の借金だった。
そのため、オーナーとして会社と個人の区別がない
感覚に陥っていた。
個人としてのリスク意識が欠落していたのだ。


彼はビジネスのプロフェッショナルなのだ。
会社は三社と銀行の支配下にある。
そうであるなら、彼は支配しているもののために働く。
善意や悪意は主観的なものにすぎない。


僕はこれまでの経験から、
自分自身の心の弱さを客観的に理解していた。
今、目の前にある現実に集中し、
自分が影響を与えられる範囲で、
自らがすべきことを決める。
あとは何も考えずに実行あるのみだ。
昨日の後悔も、明日への恐れも頭から排除する。
目の前の現実しか見ないマシンになり切るのだ。
それができなければ、この苦境は乗り越えられない。


一年ほどで「資産売却課」は順調にお金を稼げる事業に成長した。
僕自身はほとんどタッチせずに、
多い月で100万円ほどの現金が僕の手元に残るようになった。


山は動いた。
それだけ堅牢に見える要塞にも必ず急所はある。
すべては人が動かしているのだ。


僕自身の債権の区分はわからないが、
裁判までしている以上、
実質破綻先ないし破綻先であることは間違いないだろう。
したがって、みずほ銀行から見れば三億円は
すでに全額償却済みで、
ある程度回収できるだけも御の字なのだ。


競売入札は開始されてしまったが、
数日たって、みずほ銀行からの申し立てで競売は中止された。
間に合った。いや、少しだけ間に合わなかったが、
とにもかくにも終了した。
幸い、その間に入札者はなく、家族が住む自宅が
他人の手に渡ることは回避できた。
そのためだけに生きた二年半だった。


フレックスファームが瀕死の状態から復活できたのは、
経営者に断固たる事業継続の意思があったからだ。
その根幹が曖昧な状況では、復活は難しい。
いや、不可能だろう。


資産売却課でコツコツ貯めていたお金は
すべてループスの創業と債権買取にあてたため、
この時点で僕の手元資金はほぼ底をついた。
だが、これも起業家の性なのだ。
限りなく広がる未来への選択に、
僕は少しの迷いも感じなかった。


こちらが上り調子の時はいいのだが、
手元資金に困って相談したとたんに顔をこわばらせる。
一緒に力を合わせて成功しましょうというモードから、
手を引くタイミングを見極めるモードに切り替わるのだ。
それが金融機関に共通した行動パターンだった。


晴れた日に傘を差し出し、雨の日に取り上げる。
それが金融の常識だ。
何度も経験した僕にとっては想定内の反応だった。


森村氏は経営を知らない。
修羅場をくぐった経験もない。知らないから恐いのだ。
銀行の取り付け騒ぎしかり、株の暴落しかり。
資本の論理を優先させる人たちの特徴だ。
そんな言葉で経営者が動揺し、未来を見失えば、
本当に会社は倒産してしまうではないか。
自分が不安だからといって、
なぜ人まで巻き込もうとするのか。


今、僕たちがすべきことは、
目の前の傷口を冷静に直視することだ。
それを正確に把握したうえで、
諦めずに矢継ぎ早に手を打てば、
必ず道は拓けるはずだ。


赤字プロジェクト、裁判、資金難。
三重苦が押し寄せてきたが、これがベンチャーの醍醐味だ。
修羅場の解決策はいずれも過去の経験から学んだことだ。


夢や成功を追い求めるあまり、僕は急ぎすぎてしまった。
経営者の独りよがりで、
またしても多くの人を災厄に巻き込んでしまった。


「無理な集客」「品質を犠牲にする仕事」「安易な業態拡張」は、
フレックスファームやループスを蝕んできた元凶であり、
それをリードしてきたのは僕自身だった。


自分だけ儲かればいい。
そう考える独善的な経営者は力を持った生活者から嫌われ、
市場からの退場を余儀なくされるだろう。
これからは社員に愛され、顧客に愛され、地域に歓迎される、
そんな三方よしの企業だけが生き残れる時代になるはずだ。


労使が対立する時代はもう終わりだ。
経営者は社員を幸せにしてこそ、
顧客と株主に幸せを届けられるのだ。
それは共感の時代における経営の公理であり、
社会と調和する持続可能な組織のあり方だ。






engineer_takafumi at 22:21│Comments(0)★一般書の書評 | ⇒ 経営

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