2017年10月29日

芸術と科学のあいだ

本日は福岡伸一 氏の
芸術と科学のあいだ
です。
芸術と科学のあいだ

本書は生物学者で『生物と無生物のあいだ』などの
作品もある著者による
芸術と生物の関係について日経新聞に
書いたエッセイをまとめた一冊です。

人は美しいものを求めますが、
実はそれは驚くほど機能的だったりします。

美術と科学は現在は違う学問になっていますが、
中世までは近い学問だったのです。

神が創るものは美しい、
そしてそれが世界のあるべき姿なのだという
ところから発展していったのが科学です。

ですので、とくに中世の美術品には、
科学的な思想がたくさん隠れています。
本書はそんな視点を提供してくれます。


また、日本の北斎は美を追求しましたが、
その中にも、科学が潜んでいました。

そんな発見も楽しい一冊でした。


個人的には
生命は作ることよりも、壊すことに一生懸命なのだ。
という部分が印象的でした。


アートが好きな人にお勧めの一冊です。
科学的な目線で芸術を見ることにより
作品の見え方が変わるかもしれません。



15世紀、活字と印刷技術がもたらした
文化的インパクトは計り知れなかった。
知が流布され、共有され、深化され、市民をつないだ。
識字率が上がり、意識が高まり、
教会や貴族が知を恣意的に占有してきたことに
人々は気づいた。
同時に、言葉が聴覚から視覚へと分離された。


私が自分に課したルールは、
所蔵美術館に直接おもむいて、
その場所で作品を鑑賞するということだった。
美術館がある街の光や風を感じながら、
あるいは作品がその場所にたどり着いた来歴に
思いを馳せつつ美をめでたい、
つまり文脈の中で絵を捉えたいと考えたからだった。


古い絵の修復にはたいへん難しい問題が含まれています。
私たちは解釈をしないよう自制しています。
時間とともに失われたものを取り戻すのではなく、
これ以上、劣化することをできるだけ防ぐこと。
そして経年変化をありのままに受け入れること。


絵の前にじっと佇むと、見えてくるものがある。
らせん状に逆巻く水流がそのエネルギーを失うことなく、
次のらせんに手渡され、連綿と引き継がれていくこと。
北斎は知っていた。
これこそが生命の本質であり、
生きることの実相なのだと。
渦は左右心房の特殊な形状から生まれる。
発生した血流の渦は
そのらせんのエネルギーを保ったまま、どんどん進む。
らせんの切っ先はあらゆる分岐路、
いかなる隘路にでも次々に飛び込んでいく。
かくして私の身体は潤され、生かされている。


ネアンデルタール人のDNAは、
ヒトとは大きく異なっていた。
前者は後者の祖先ではなく、
並行して進化してきた別の種だった。


いわゆる「人種」は本来の「種」ではなく
現在のヒトはすべて一種である。
しかしもうひとつの人種だった
ネアンデルタール人は忽然と消えた。
ここに我々の原罪がある。


生命は作ることよりも、壊すことに一生懸命なのだ。
それは、たえまなく壊し、作りかえることが唯一、
系の内部に不可避的に蓄積する
エントロピー(乱雑さ)を外部に捨てて、
生き延びる方法だからである。


私たち生命体において、細胞にせよ、
細胞を作るさらに小さな分子にせよ、
その構成成分がたえまない更新を繰り返しながらも、
生命体が全体としてのバランスを保ちうるのは、
細胞間、分子間に相補性があるからだ。
DNAもまた二重らせんの対に
相補性があるがゆえに損傷に対して回復力があり、
また情報の複製も担保される。


「輪郭」というものが曲者なのである。
実は、ものごとに本当の意味では輪郭線はない。
それは私たちの認識が地図の上に
勝手に作り出している国境線のようなものなのだ。





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