2017年11月28日

9プリンシプルズ

本日は伊藤 穰一氏、ジェフ・ ハウ氏の
9プリンシプルズ
です。
9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

本書はベンチャーキャピタリストとして世界的に知られ、
現在MITメディアラボの所長である伊藤 穰一らによる一冊です。

現在、世界は人類がかつて経験したことのない
時代を迎えています。

つまり、テクノロジーの進化があまりに速く
人の一生の間にテクノロジーが何世代も
移り変わるような時代です。

こうした新しい時代に人間はどう生きれば良いか、
理念、哲学、行動原理を語ったのが本書です。

ここに並べられている9つの原理は
マジメな日本人が苦手なことのような気がします。

しかし、この本を読んで感じたことは、
案外、こんな時代は楽しいのではないのか、
ということでした。

実際、著者も「楽しもう」ということを言っており、
その姿勢が大事なのかな、と考えています。


個人的には、
「従うより不服従」の章、
特に批判と不服従は違う、不服従は作業そのものだ。
という部分が強く頭に残りました。


IT分野で起業を考えている人には
必読の一冊だと思います。
これからの時代の行動原理を学ぶことができるでしょう。



エジソンは蓄音機を発明はしたけど、
ジョンソンはもっと重要なことをやった。
かれはレコード産業を発明したのだ。


もし歴史が指針となるなら、
ある技術にいちばん近いところにいる人々こそが、
その最終的な用途をいちばん予測できないらしい。


発明者フリッツ・ハーバーは、
何十億人もの餓死を防いだとされ、
その努力のためにノーベル賞を受賞した。
でもそれは化学戦争にもつながり、
第一次世界大戦で6万7000人の死者を生んだ
直接の開発者もハーバーだ。


バクテリアのDNA内部でコードを数行いじくるだけで、
人類の最も広まった殺し屋は天然痘と同じ道をたどることになる。


偉大な科学者の性質として最も過小評価されているものが、
バカと思われても平気だということだ。


生物学はとんでもなく民主的であるべきだという
根本的な信念があります。
その仕組み、その知識だけでなく、
それをどう操作すべきかという理解も含めてです。


生物学一般、特にバイオテクノロジーは、
専門家だけに任せておくには重要すぎるという発想が、
われわれの分野ではかなり一般的なんです。


人的資源の最高の使い道は、必要なものだけを、
必要とされるときだけに使って、
人々をプロジェクトに引き込むことだ。


読者にますます邪魔くさいむかつく広告を送りつけるより、
読者に余ったCPU ― 余った計算力 ― を
寄付してもらったらどうだろう?


伝統的通貨の根本問題は、
それが機能するのに必要とされる大量の信頼だ。
中央銀行は、通貨を毀損しないと信頼されなくては
ならないけど、法定不換紙幣の歴史を見れば、
その信頼は裏切られてばかりいる。


内面的な報酬は外部的な動機づけに比べ、
高い動機づけをもたらしパフォーマンスも高くなる。


地図に落とすのは不可能だけど、
みんながだいたい同じコンパスの方角に向かっているシステムだ。


アイデアや、ある製品のざっとした設計図ですら、
安全にしておくことよりも本来のビットの形で
世界をうろつかせるほうが安上がりなのだ。


リスクの高い投資をたくさんする場合、
成功しないものはあっさり見限る意思が必要だ。


投資を見限る代わりに、それを救おうとして
20万ドルの追い銭をつぎ込んだら、
60万ドルの投資をしないという判断をするために
300万ドル費やした会社と同じ立場となる。


安全な機能を備えた電話で
一番安いものの小売価格は9ドル、1000円ほどだ。
そう、1000円。アメリカでそんなものは設計できない。
こんなものを設計できるのは、切削グリスに日々浸り、
製造用設備を隅々まで知り尽くし、
ハイエンド携帯電話の最先端も全て知っている人物だけだ。


深センでは知的財産権はおおむね無視されているらしい一方で、
業界の知恵や秘密は、親族、友人、信用された同僚などの
複雑なネットワークで選択的に共有されている。


プロジェクトが順風満帆のときに乗り込んできて、
それが悲惨なことになるまで居すわる人々は、
「高値で買って安く売っている」


日本の一流大学の入試は、
各産業の動向をめぐる遅行指標だとからかう人も多い。


イノベーションの費用がとても安くなったら、
勝ちを増幅することに比べて、
損失を減らそうとするのはずっと重要性が低くなるということだ。


この環境で最も成功する人々は、疑問を述べ、直感を信じ、
ルールが邪魔なときにはルールに従うのを拒否する人々だ。


インパクトとブレークスルーにより成功を計測する組織は、
不服従を奨励し受け入れ、
外れ者や批判を必要なものとしてだけでなく、
生態系にとって不可欠なものと見る文化を必要とする。


メディアラボでは、どんな話でもいちばん好まれる切り出し方は
「実のところは……」というものだ。これはつまり
「ぼくたちはまちがっていたけど、そのまちがいもクールだった」
といっているに等しい。


批判はあくまでわれわれの作業に対して
なされるものであるに対し、
不服従は作業そのものだ。


ぼくは人々に法律を破れとか、
不服従のための不服従とかを薦めるわけじゃない。
でもときにはみんな第一原理に立ち返って、
法やルールが公平なものか、
疑問視するべきではないのかを考えてみるべきだ。


社会と制度は一般に、秩序に向かい混沌を避けようとする。
その過程で、不服従は抑えられる。
でもそれは創造性、柔軟性、生産的な変化も抑えてしまいかねず、
長期的には社会の健全性と持続可能性も潰しかねない。


会議では、25万ドルの不服従賞創設が発表された。
これはリード・ホフマンが資金を出すもので、
社会のためになるすぐれた不服従と
ぼくたちが考えるものに従事した、個人や集団に与えられる。


グーグル社は、時間の二割を好きなプロジェクトに
向けていいとしているので有名だ。
指揮命令型のマネジメントの観点からすれば、
これはせいぜいが士気を高めるための高価な手口でしかない。
でもグーグル社の観点からすれば、
これは新しい製品アイデアを生み出すための安上がりな手法だ。


実のところ、金銭報酬や圧力は、
人々が漸進的または線形の問題を解く速度は上げるけれど、
こうした圧力は人々が創造的な解決策を思いついたり、
非線形な未来を想像したりする必要があるときには、
かえって人々の足を引っ張る。


解決者がその問題のおかれた分野になじみが薄ければ、
それだけ解決の可能性が上がる。


多様性は政治的にもいいし、宣伝にもいいし、
その人の人種やジェンダーの平等への
取り組み次第では善行にもなる。
でも各種の課題のほうでも最大限の複雑性を
持ちかねない時代にあっては、多様性は単によいマネジメントだ。


多様性は、いちばん最近の不景気で最大の被害を受けた―
「最後に雇われたやつが最初にクビになる」ということは、
多様性を増して報道室を改善するために雇われた人々は、
お金がなくなったときに真っ先にクビになるということだ。


YouTubeは「チューイン、フックアップ」という名前の
ビデオ出会い系サイトだった。


デジタル時代には難攻不落の要塞なんてない。
ハックできるものはいずれ、どこかの時点でハックされる。


われわれの運用上の想定は、新サーバーを立ち上げて
10分以内にそれは『所有』されてしまうというものです。
「所有」というのは、ある装置への進入に
成功するという意味の業界用語だ。


攻撃者が適応性を持つときには、最高の防衛戦略は
「指数関数的」にプレイすることだと示した―
つまり防衛的な動き
(例えばパスワード変更とかサーバーの破壊と再構築)
を平均間隔は同じでも、それぞれの場合に
ちがった予測困難な間隔で実施することだ、という。


防衛的なゲームをプレイするときの重要な要因は、
攻撃者よりも素早く動き、予測不能になることだ。
強さより回復力。


脳は2.5ペタバイトのデータを保存できる。
つまり1995年に生産されたすべての
ハードディスクの容量を上回るには、
たった10人 ― そしてその人々の灰色物質 ― さえあればいい。


確かに人類は脳の22億メガFLOPSという計算力を
実現できるスーパーコンピュータは構築できたけれど、
まだ4台しかないし、丸ごと倉庫が必要なほどでかく、
それぞれが1万世帯分もの電力を消費する。
脳はそれよりずっとコンパクトで、
暗い電球ほどのエネルギーしか使わない。


自動運転車を説明するときに、
グーグル社は自動車そのものは単なるモノだと強調している―
それを運転する人工知能がシステムであり、
それは触れる他のシステムとシームレスに融合しなくてはならない


デザインというのは多くの人にとって、
なんでも入る用語になってしまった。
あまりにもさまざまな意味を持つので、
ほとんど何の意味も持たない言葉になっている。


ぼくたちは、自分自身に影響を与えることで
世界に影響を与えようとして、
自分たちの考え方そのものを
デザインしなおそうとしているわけだ。


明らかにアルファ碁は囲碁の面白さを減らすどころか、
むしろこのゲームとそのプレイヤーや学者たちに、
爆発的な創造性とエネルギーを注入したようだ。


成功する組織は、たとえば四半期売上げ予測に
すべてを賭けたりはしない。
次の峠を越えたところに
ブラックスワンがいるかもしれないとわかっているからだ。
むしろ大きな賭けなんかせず、
小さな賭けを各種の製品や市場やアイデアに張るという
ポートフォリオ戦略を採るかもしれない。


だいじなのは様々な新しい発展に
潜む可能性を感じ取ることだ。
その可能性が実現するかどうかは別問題。
でも、新しい技術や社会的な変化のもたらしかねないもの
(可能性は低くても)について敏感になったほうがいい。
さらには、それについて客観的にあれこれ言うより、
自分で少しは(あるいは大いに)首をつっこんで、
その一部となれたらもっといい。


●自然発生的な動きを大事にしよう
●自主性と柔軟性に任せてみよう
●先のことはわからないから、おおざっぱな方向性で動こう
●ルールは変わるものだから、過度にしばられないようにしよう
●むしろ敢えてルールから外れてみることも必要
●あれこれ考えるより、まずやってみよう
●ピンポイントで総力戦やっても外れるから、取り組みもメンバーも多様性を持たせよう
●ガチガチに防御をかためるより回復力を重視しよう
●単純な製品よりはもっと広い社会的な影響を考えよう






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