2017年12月04日

幸せとお金の経済学

本日はロバート・H・フランク氏の
幸せとお金の経済学
です。
幸せとお金の経済学

本書は出版社の方よりご献本頂きました。
フォレスト出版様ありがとうございました。


本書は一言で要約できます。
「地位財より非地位財にお金を使いましょう。」
ということです。

地位財とは、人との相対的な地位により、
価値が決まってしまうものです。

例えば、高級時計など、
50万円の時計でも周りが10万位の時計を
していれば、満足できます。
しかし、1000万円の時計をしている人がいれば、
500万円の時計でも満足できないのです。
これが、他人との相対的な位置で価値が決まる、地位財です。

一方、非地位財は人がどうであろうと
自分が絶対的な価値を感じるものです。

地位財と非地位財には微妙な線があって、
職場で、給料が周りが400万で自分が600万が良いかか
周りが1000万で自分が800万が良いかというと
前者を選ぶ人が結構多いのに対し、
休暇取得日数が、周りが10日で自分は15日が良いか
周りが25日で自分が20日が良いかと聞くと
後者と答える人が多いのです。

つまり、給料は地位財ですが、
休暇は非地位財ということです。


人は幸せになるために活動するのだとすれば、
地位財にお金を使うのは損な選択のはずです。

しかし、なぜそんな選択をしてしまうのか?
その原因は何なのか?広がる格差がどう影響しているのか?
などを、データを交えて鋭く議論します。

結果的に地位財にお金を使わざるを得ないとしても
そのメカニズムを知っておけば、少しずつでも
幸せにお金を使えるようになると考えます。


個人的には、
家庭の支出は、国家の軍拡競争と同じ、
という部分が印象的でした。


昔より収入が増えたのに、幸せになった気がしない、
という人にお勧めの一冊です。
どうお金を使えば幸せになれるか
そのヒントが得られるでしょう。




自分にそれほど体力がなくても他者がそれより劣れば、
食料も配偶者も得られるわけです。


「お金は稼ぐよりも使うほうが難しい」と言われます。
たいていの人は財を成すと地位財の追及に走ります。


平均的な世帯が子どもたちを
平均以下の学校に通わせるのを避けるには、
平均よりも高い支出をしなければならないことがわかります。


ある求職者が面接用のスーツに余分なお金をかけたとします。
この場合、他の人たちは同じように余分なお金をかけるか、
さもなければ二次面接に進むことをあきらめるしかありません。
しかし、すでに述べたように、
全員が余分なお金をスーツにかけた場合には、
職を得る可能性は誰にとっても変わらないのです。


本書で論じる4つの命題
命題1,人いは相対的な消費が重要だと感じる領域がある
命題2,相対的な消費への関心は「地位獲得競争」、つまり地位財に的を絞った支出競争につながる。
命題3,「地位獲得競争」に陥ると、資金が非地位財に回らなくなって幸福度が下がる
命題4,中間所得層の家庭では、格差の拡大によって「地位獲得競争」から生じる損失がさらに悪化した。


絶対的な所得よりも相対的な所得のほうが、
幸福度の指標として信頼できるという考えと一致します。


実際のところ、先進国では、絶対的な所得が
幸福度を大きく左右することはありません。
ところが、最貧国―ほとんどの人が食べるものがない国、
あるいはかなりの数の人が寒さに苦しんでいるか、住む家の無い国―
においては、全員の所得が増えれば幸福度も増します。


近代国民国家においては、物質的幸福度の平均よりも、
富の分配の格差が、致死的な暴力の発生率を
決定する強力な因子となっている。


調査の場に車椅子に乗った人がいた場合、
被験者は自分の幸福度を10段階評価で
2段階ほど高く評価するのです。


ほとんどの中流家庭にとって必要最低限の目標を
実現するためのコストが押し上げられたのです。


ある人たちが、結婚式や記念日、誕生日などの
特別な日の贈り物にかける金額を増やせば、
ほかの人たちもそれにならうか、
何も気にしない人だと思われる危険を
冒さなければならないのです。


資産家とは妻の姉(あるいは妹)の夫よりも
年収が100ドル高い人のことだ


「損失回避の法則」によると、何かを失う苦痛は、
同じものを手に入れる喜びより大きいとされています。
つまり所得格差が広がれば、
低所得層の苦痛のほうが高所得者の喜びより大きいのです。


行動経済学の最近の研究では、従来の経済学による予想よりも、
将来の費用や便益を大幅に割り引く傾向が確認されています。


低所得層の貯蓄率が低いのは、他の人たちの支出が増えれば、
無理して追いつこうとするからです。


ワインのテイスティング教室に誘われたことがあります。
当時の私は、6ドルのワインで十分満足していたので、
その気持ちを挫くような話をあえて聞きにいくことを
したくないと言って断りました。


全員が小さい住宅や車を購入し、
その差額を見栄の消費以外に使えば
幸せになることはわかっていても、
一人ひとりの消費者にできる判断ではありません。


豊かでない国では、夫の妻への愛情表現は1輪のバラですが、
豊かな国ではバラの花束が必要です。


家族が直面する問題は軍拡競争と同じです。
自分の支出額は自分で決められますが、
相手の支出額までは決められません。


例えば豪邸や高給時計を欲しい理由が、
自分の社会的立場を示したいだけなら、
他の手段で評価されるように仕向ければ良いのです。
どれだけの豪邸を建築できるかではなく、
どれだけ貯蓄できるか、どれだけ慈善活動に寄付できるかが
重要だと思わせます。


誰かが車にかける費用を減らした結果起こることと、
全員が費用を減らした結果起こることは
大きく異なるのです。






engineer_takafumi at 00:30│Comments(0)★一般書の書評 | ⇒ 経済・会計・お金

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