2017年12月23日

ゲノムが語る生命像

本日は本庶悠 氏の
ゲノムが語る生命像
です。
ゲノムが語る生命像 (ブルーバックス)

本書はブルーバックスのベストセラーで
1986年に出版、その後24刷まで版を重ねたという
『遺伝子が語る生命像』の著者が、
「遺伝子」を「ゲノム」に変更し、
その間の生命科学の発展を盛り込んだものです。

生物が専門でない私にとっては、
若干難しい部分もありました。
しかし、全体が52節に分割されており、
ある程度の独立性があるので、読みやすいです。

生物の専門知識の勉強になるだけでなく、
ある事柄の生命科学全体における意味や、
著者の生命に対する哲学なども書かれており、
全体を俯瞰しながら、読むことができました。


個人的には、
人間のゲノムには非常に無駄が多い(冗長的)だが、
それが人間を繁栄へと導いたのではないか、
という部分が非常に印象的でした。


高校の生物程度の素養のある方が、
生命科学の進展を勉強したい時にお勧めです。
思想から、少し専門的なことまで、
1冊で幅広く学べることでしょう。




メンデルの仮説からスタートして、
ヒトはその全遺伝子が組み込まれたゲノム情報を手に入れた。


塩基配列の情報をもとにタンパク質に
翻訳可能な部分を遺伝子と定義して数えると、
ヒトの遺伝子としてゲノムに相当するものの数が、
予想外に少なかったということである。
3万足らずという遺伝子の数は、
ショウジョウバエなどの昆虫と大差がない。


生命科学はゲノム情報を手に入れたことによって、
明らかに物理学や化学のような単純な原理から
演繹できない複雑な基本原理のもとに
構築されていることを改めて認識させられた。


いったいどうして、
2メートルもの糸を直径わずか数ミクロン
あるいは数十ミクロン程度の細胞核の中に
折りたたむことができるのであろうか。
大雑把に言ってもDNAの糸は、
核の中で約1万倍の圧縮率で折りたたまれていることになる。


ヒト1人が持っているDNA全体の長さは、
いったいどのくらいになるのであろうか。
全身に存在する細胞の総数をおよそ60兆程度と考えると、
なんと1200億キロメートルもの長さになる。
(地球・太陽間の長さが約1.5億キロメートル)


ヒトの遺伝子には、
意味のないイントロン(介在配列)が存在する。
このイントロンの起源は、遺伝子進化の過程で、
機能を持つ短い単位配列を複数つなぎ合わせ、
寄木細工のようにして複雑な機能を持つ遺伝子を
作った過程で挿入されたつなぎ部分でないかと考えられている。


ネズミの免疫グロブリン遺伝子の例では、
20万塩基対にわたる領域の中に9個の遺伝子が存在した。
1個の遺伝子はイントロンを含めて約2500塩基対であるから、
DNAのおよそ10分の1程度の領域が、
遺伝子によって占められているにすぎないのである。


肺魚やイモリはヒトの10倍以上という
大量のDNAを持っている。


設計図の変更には、大きな"余白"が
必要であることは言うまでもない。
イントロンや遺伝子間の意味のないDNAなどは、
一見、まったくの無駄のように見えるが、実はこの余白こそ、
高等動物の進化にとって不可欠なものであり、
また生命が未来へ発展することを保証するものではあるまいか。


もし親から子への遺伝情報の伝達が、
常に完全無欠に正しく行われていたとするならば、
私たち人類はこの地球上に存在しなかったであろう。


有性生殖は、集団の中で遺伝子をさまざまな組み合わせで
混ぜ合わせる上で、きわめて好都合な生殖方法で、
性の違いは遺伝子の"ブレンド"に役立っているのである。


「ゲノム工学」あるいは「組換えDNA技術」
と呼ばれるものの基本は、
遺伝情報のテープを自由自在に編集する技術である。
(中略)
この技術が生まれた背景としては、
DNAを一定の場所で切ったり、つないだりする酵素の発見と、
その酵素を精製できるようになったことがあげられる。


遺伝情報がDNAからRNAに一方向的に流れると考えられていた
「セントラルドグマ」が必ずしも正しくなく、
RNAからDNAを作ることもできるということを
示した酵素である。


生物界における多様化の不思議さは、
生命体が化学的に同じ材料で作られ、
同じ遺伝言語を用いている
という統一性によっていっそう深まる。


1個体が時に応じて、
さまざまな外界の刺激に対応するためには、
個体内で膨大な多様性を生む仕組みを必要とするのである。
高等生物にとってその代表的なものは、
生体の防御に関わる免疫系と、
外界からのさまざまな刺激を感知し行動に移す神経系であろう。


免疫系のもっとも重要な機能は、
自分と自分以外のものを識別する力である。


進化的に考えるならば、
感染症によって個体が子孫を残すまでに死ぬことに比べれば、
ゲノムの不安定化により発ガンを誘発するリスクは
十分トレードオフできる程度のリスクであったと考えられる。


われわれはガンの多くが
遺伝子の変異によって起こることを知った。


細胞の増殖シグナルを与えるような遺伝子(ガン原遺伝子)
の過剰発現はガンを引き起こしやすい。
逆に、異常増殖を抑えるような仕組みを担っている遺伝子
(ガン抑制遺伝子)の機能の損傷は、
これまたガンを引き起こす。


放射線とガン発症は、低線量域については直線的な関係ではなく、
われわれの生命体にはガンを防ぐさまざまな仕組みが
存在していることを正確に認識する必要がある。


脳の機能を支える原理的な仕組みは、その多様性から一時、
遺伝子の変異まで含めた遺伝子の
多様化機構が働くのではないかという推測さえなされた。
しかし、今日ではそのような可能性はほぼ否定され、
脳の活動原理は基本的に電気信号の
複雑な回路の形成によって行われると考えられている。


木村資生の中立説は、「進化は単に変化である」
と捉えている。
すなわち、遺伝子の変異に善悪の価値観はない。
進歩か退歩かに関係なく遺伝子は変わり、
選択は死による個体の排除を通して働く。
すべての事象はきわめて偶然性に富んだものであり、
その偶然性の産物(新しい種や個体)が
環境と相対的条件との中で、著しく子孫を増やしたり、
また偶然の結果、この地球上から姿を消したりするのである。


もう一度進化をやり直したら、
必ず今日と同じように人類が地球上にはびこり、
万物の霊長として覇権をにぎるかどうかは
きわめて疑わしいと思われる。


物理学では「ものが存在しない」ということを
証明することは不可能である。
存在しないことと検出できないことの
区別がつけられないからである。
しかしながら、生命科学においては、
ゲノム中に記載されていない情報は存在しないと断言できる。


生物の無限性を垣間見る現象は、
地球上に存在する生物種に多様性である。
これまで記載されている生物種は
およそ180万種と言われているが、
まだ確認されていない生物種が
1000万種類あるという推計値もある。


生物はゲノムという有限の壁を越え、
ほぼ無限に思われる多様性を獲得してきた。
しかし、その無限と思われる多様性は、
この地球という環境において生き延びるための多様性であるが、
地球環境の激変に対応するだけの
適応力があるかは不明である。


ヒトの設計図には、意味のない部分が非常にたくさんある。
ヒトのDNAの中で遺伝子は、砂漠の中のオアシスのごとく、
無意味な塩基配列の中に点在するように組み込まれていると、
ごく最近まで考えられていた。
ところが、塩基配列の決定が大規模に進められた結果、
ゲノムDNAの70パーセント程度はRNAに読まれているという。
つまり、たんぱく質に翻訳されないRNAが
大量に存在することが明らかとなった。


大腸菌のような微生物においては、
役に立たない部分はほとんどなく、
遺伝子と遺伝子がびっしりと踵を接するようにして
設計図ができあがっている。
これは、きわめて効率のよい設計図の作り方と言える。


未来に備えられた部分は、
今日の価値観では無駄であるかもしれない。
しかし、そのような無駄を含んだ設計図であるからこそ、
優れた防御システムとして役立ち、
今日、人類がこの地球上で主導権をもつ生物種として
繁栄している基礎となっているのかもしれないのである。


われわれの設計図の成り立ちを考えると、
無駄の効用ということを教えられているような気がする。
あまりにも無駄を切りつめると、
将来への発展の芽をつむことになるのかもしれないと。


安全と安心はしばしば一体で使われる言葉であるが、
この両者はまったく異なる次元のものである。


米国産のトウモロコシはほとんどが
組替えDNA種子で作られており、
米国人は数十年も大量に消費しているが、
これまで何らの健康被害が報告されたことはない。






engineer_takafumi at 18:20│Comments(0)★理系本の書評 | ⇒ 生物・化学

コメントする

名前
URL
 
  絵文字