2017年12月26日

デザイナー・ベビー

本日はPaul Knoepfler氏の
デザイナー・ベビー
です。
デザイナー・ベビー ゲノム編集によって迫られる選択

「遺伝子組換え」(ゲノム編集)というと大勢の人が
危険なにおいを感じることでしょう。

しかし、実際のところ、遺伝子組買えの農作物などは
それほど危険なものではありません。

というのも、品種改良という形で、
似たようなことを昔からやってきたからです。


しかし、人間にそれを適用するとなると、
問題は非常に複雑になります。

例えば、実験に失敗はつきものです。
初のクローン羊であるドリーが生まれたとき、
それ以前に実験は400回以上失敗していました。

動物なら、それでも良いでしょう。
しかし、人間になるとその400個以上の命はどう考えるのだ、
ということになります。

また、遺伝子組換えを行う赤ちゃんをつくり出すとき、
親などがその判断をするのでしょうが、
当事者の赤ちゃん自身の同意は得られないのです。

ゲノム組換えは、何となく怖いと思っていましたが、
その本質を学ぶことができる一冊でした。
簡単な問題ではありませんが、ただ嫌がるのではなく、
正しく恐れなくてはいけません。


個人的には
ヒトは他の生物の遺伝子を組換えることができる
唯一の生物ではない、
という部分が印象に残りました。


生物学を志す人には一読して欲しい一冊です。
自分の学ぶ学問の社会への影響力を知り、
いい意味での緊張感を持たせてくれるでしょう。




GMOサピエンスをつくった場合にもたらされる一部の影響は、
完全に予想外で、私たちの予想の範囲を超えているだろう。


親になるということは、
身体的行為からほとんど知的行為に変わるかもしれない。


宇宙の中でもっとも複雑な物体であるヒトの脳の構造に、
遺伝学を利用して手を加えるのは危険を伴うものになるだろう。
結局は認知障害や脳の疾患の原因になるかもしれない。


単にX線を照射して生物の遺伝子を組み換える方法は、
チャクラバーティのこの研究よりかなり前から行われていた。
X線照射はDNAを傷付け、ランダムに変異が入る要因になる。
(中略)
このような研究の結果生み出された植物は、
それ自身放射活性を持つことはなかったが、
まれに新しい形質を持ち、
ときにそれらの新奇の形質は有用であったり
望ましいものであったりした。


ヒトは他の生物の遺伝子を組換えることができる
唯一の生物ではない。
ある種の細菌は、継承可能な形で植物の遺伝子を
組み換える能力を持っている。


ウイルスも感染を介してヒトを含む生物を遺伝子組換えできる。
私たちは皆、ウイルスによる遺伝子組買えを一部の体細胞に持っており、
これらの変化がときどきがんのような疾患の原因となり得る。


ヒトでは単為生殖が自然に起きることはないが、
実験室の中で電気刺激のような人工的な刺激を卵に与えることで、
発生を開始させることができる。


最初の哺乳動物クローンであるドリーのクローニングに成功するまで、
400回以上も核移植を行った。
これは、1回の成功のために400回以上もの
失敗があったことを意味している。


ヒトの生殖型クローニングを行うとして、
失敗に終わった試みについて、あなたに何ができるだろうか?
そのような問題に対する論理的な答えを私は見たことがない。


たとえ80歳の年老いた女性のクローンがつくられたとしても、
そのクローンは妊娠を経て赤ちゃんとして生まれる必要がある。


ほとんどのヨーロッパに国では、デザイナー・ベビーをつくること、
あるいは3人の親による体外受精によって
子どもをつくることさえ禁止されている。


今日数々の乳製品をつくるために使われる多くの細菌が、
実は自然に生まれたものではないということを聞いたら、
私と同じようにあなたも驚くかも知れない。


私自身の研究室では、全員CRISPR-Cas9を使って
何らかの実験をしており、しばしばヒトの細胞も使っている。
これらの研究室の一部が、遺伝可能なヒトの遺伝子組換え実験を
遂行する未知を選ぶかもしれない。


ベンターチームの間違いのような小さな遺伝子組換えの間違いでも、
GMOサピエンスにとって健康上の大きな結果をもたらす可能性がある。


GMOサピエンスをつくり出すまで、私たちはヒトの遺伝子組換えを
本当の意味で理解することはできないと言いたい。
もし物事が悪い方向に行ったら、
その否定的な結果が長期間に及ぶことを考えると、
もはや手遅れになるかもしれない。


生まれた後の段階では、
研究室で導入された遺伝的間違いのために、
その人が健康を損なうことがないことを期待するしかない。
これも根本的な倫理的問題を引き起こす。


すべての点から考えて、デザイナー・ベビーをつくることは、
何よりもリスクの高い遺伝的実験に他ならない。
実験室で時間を費やしたことのある人なら誰でも、
ほとんどの実験は失敗に終わるか、
あるいは予期しない結果が得られることを知っている。
しかもその上に、もっとも高いリスクを背負うのは
GMOサピエンス自身であり、
その実験を始める段階では彼らは存在していないため、
それに同意することもできないのである。


イヌの場合に1万年かかったことは、私たちヒトの場合、
胚の遺伝的な選択によって一世代でできるかもしれない。


可能な限り最高の赤ちゃんをつくることを
本当に評価するのであれば、
私たちは自分と遺伝的につながりのある赤ちゃんを
持つべきですらない。
なぜならば、世の中には私たちよりも優れた遺伝子、
優れた形質を持つ人がいるからだ


親が(特に医療上の理由からではなく)
GMOサピエンスの子どもを持つことを選択した場合、
親はその決断を、将来の子どもの同意もなく
その子どもに押しつけたと見なすことができるかもしれない。


悪いシナリオでは、たとえば医療費の削減のために、
私たちの子どもたちに遺伝子組換えを強いるような、
社会的な圧力、あるいは政府の命令を
私たちは受けるようになるかもしれない。


優生学、超人間主義、またもっと広い意味での
ヒトの遺伝子組換えに関する別の深刻な懸念は、
遺伝的多様性が減少する可能性である。


私たちは一時的禁止(moratorium)という単語を
使わないように決めた。
なぜなら、一部の人々はそれを取り締まりとみなすから。
どうやって取り締まるのか?
それは難しいことでそもそも不可能かもしれない。
それよりも、社会全体が一緒になって
この技術についての決定をするように私たちは提案していた。


いったん学んだことを意図的に捨て去ることはできない。
この技術を凍結させることはできない。
分子生物学の基礎知識を持つ人なら、
誰でもそれができるのだから。
私たちがそれを止められると考えるのは現実的でない。
私たちは、人々が確かな情報に基づいた結論を下すため、
適切な研究を推奨するため、さらに、
危険や倫理的問題につながる可能性のある
倫理的応用へ進むのを阻止するために、
必要な情報を世間に出したいと考えている。


母親、あるいは父親の生活スタイルによって
誘導されるまれな変異とは対照的に、
ヒトの生殖系列のゲノム編集は、焦点を絞った目的を念頭に置いて、
ある特定の遺伝子を標的とした意図的な行為である。
ゆえに、ゲノム編集は、親の行動によって誘導される変異とは
本質的に次元が異なるものである。


今現在、また目に見える範囲の将来において、
ヒトの生殖細胞、あるいは胚のゲノムを編集して
GMOサピエンスをつくろうとすることは、
きわめて無責任で危険である。
それでも、ほぼ間違いなく数年以内には誰かが試みるだろう。


楽観的に考えてもしある程度の回数の試み(例えば100回)によって、
健康なGMOサピエンスの子どもを1人得ることができた場合、
うまくいかなかった99体のヒト胚、胎児、
あるいは子どもに何が起きるのか?
そのような結果についてだれが納得するだろうか?








engineer_takafumi at 22:49│Comments(0)★理系本の書評 | ⇒ 生物・化学

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