2017年12月29日

マクニール世界史講義

本日はウィリアム・H. マクニール氏の
マクニール世界史講義
です。
マクニール世界史講義 (ちくま学芸文庫)

高校時代、世界史を勉強している時に、
固有名詞ばかり並べずに、
もっと抽象化して、時代の流れを教えて欲しい、
と思ったものです。

本書は、そんな願いにピッタリの一冊で、
名著 世界史 の著者が、歴史の構造、
時間軸を学ぶために書いた本です。

個別の事象よりも、
そこにどんな力学が働いていたか、
ということに焦点が当てられています。

テーマとしては、
旧世界(西ヨーロッパ)とフロンティア(新大陸)、
歴史のミクロとマクロ(人個人の生活から歴史を演繹)、
国やシステムの統制と破綻のメカニズム、
について語られています。

読む前は、高校の時にこんな本があれば、
と思ったのですが、読んでわかったことは、
個別の知識が十分ないと抽象化されても
十分には理解できないということでした。

やはり、高校時代にはあの勉強方法しか
なかったのかな、と感じました。


個人的には、世界史において、
戦争や経済よりも病原菌が決定的に重要、
という部分が印象的でした。

改めて歴史における病原菌の影響の大きさに
気づかされました。


高校でしっかり世界史を勉強して、
大学でも世界史を学ぼう、という人に
お勧めの一冊です。
知識の織物に、今までなかった糸を
通してくれることでしょう。



歴史家は、人間の意図(purpose)と歴史の過程(processes)
との関係にどのように取り組むべきなのか。
私にはこれが主な課題のように思える。


ユーラシアやアフリカの文明社会の政治史は、
草原からの侵入者が征服を繰り返したこと、
征服後は後継者への服従を拒んで、
農耕民が再三抵抗したことを示しています。


熱帯アフリカ地域は、1850年頃まで、
この地域特有の致命的伝染病によって
うまく守られていました。
(中略)
サハラ以南の熱帯雨林やサバンナに暮らすアフリカ人は、
おかげで先祖伝来の土地を守り続けることができたのです。


旧世界全般に人口変動をもたらしたもう一つの要因は、
それまでの栄養状態を補うアメリカ原産の
食用作物の普及でした。
トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、
ピーナッツ、トマトなどは非常に重要で、
中国やアフリカ、ヨーロッパなどの住人が、
地元での食料生産を場合によっては
飛躍的に増やすのに役立ちました。


政府の官僚は、労働組合や企業の官僚とともに、
アメリカ合衆国の国民ほぼすべての生活を
統制するようになりました。


人口密度の高い文明の中心部にいる集団は
病気への免疫を身につけているため、孤立した、
免疫のない人々よりも明らかに疫学的に有利だったのです。


文明集団と孤立したヒト共同体とが新たに接触すると、
それまでに孤立していた共同体に致命的な
伝染病の発祥がもたらされる場合が多く、
こういった脆弱性によって、
これらの共同体が文明の侵食に抵抗しようとする
力は損なわれました。


30年とか50年おきの流行だと、
そこに暮らす誰もが前回の流行以後に生まれているために
免疫をもっていません。
すると、親である世代や経済的に生産性の高い
年齢層が死亡することになり、
そのコストは年齢層を問わず感染が広がった場合や、
乳幼児だけが感染した場合よりもはるかに高くなりました。


ヒト集団は幼い頃に特定の病気にかかるようになり、
文明化とともに相互の交流が蜜になった結果、
ミクロ寄生的環境にさらに安定的に
適応するようになりました。


戦争や税金が、帝国の支配構造に従う
文明社会の住人にとってどれほど重要だったとしても、
人口や富の減少にとっておそらくそれ以上に
重要だったのは伝染病でした。


ステップ地域や、ユーラシア大陸の耕作可能地域の
南に位置する半砂漠の周辺地域においては、
生きるために必要でない余分なタンパク源を手放し、
安い炭水化物で代用することによって、
もっと多くのヒトが生き延びるようになったのです。


中世後期には、馴染のない伝染病が
ローマや中国の人口と富とを大混乱させました。
遊牧民族が病原菌にさらされた結果、
大帝国構造が崩壊したのです。
モンゴル帝国は分裂し、戦乱の世が始まりました。
ステップ地帯にまたがる交易網は決して修復されることはなく、
中央アジアは、経済的にも政治的にも文化的にも
周縁として位置づけられるようになりました。


ロンドンやリスボンのような港は不衛生で知られ、
15世紀から18世紀にかけては、伝染病の突発的流行によって、
ヨーロッパの(おそらく他の地域でも)
都市人口は大きく減少しました。
しかし、何度も流行に見舞われることで、
死者の年齢はどんどん低くなりました。
数世紀の間に、多くの致命的な伝染病が少なくとも
大規模な港のある地域で流行したため、
乳幼児だけが亡くなるようになっていたのです。


内陸部で交易が盛んになるにつれ、
奥地でも伝染病に対する免疫が高まり、
一世代以上流行しなかった伝染病が都市の拠点から
広がったときにも成人の死亡率は低下しました。


日本を除けば、こういった帝国は、
言語や文化が国民の大多数とは異なる
少数の武装エリートによって設立されたのです。


1850年から1914年にかけての
ヨーロッパによる桁外れの覇権は錯覚だったとも言えます。
ヨーロッパが新たに富と権力を得た時期と、
アジアの政府や支配層が例外的に弱くなった時期とが
偶然一致した結果だったのです。


一度は消えたと考えられていた地域でのマラリアの再発は、
いかに最新の科学的手立てがあろうとも、
自然は均衡をとろうとする傾向があるという
重要な一例でしょう。






engineer_takafumi at 17:18│Comments(0)★一般書の書評 | ⇒ その他の本

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