2018年04月02日

新しい買い物 理想の社会を買い物でつくる。

本日は勝部健太郎氏と無印良品コミュニティデザインチームの
新しい買い物 理想の社会を買い物でつくる。
です。
新しい買い物 理想の社会を買い物でつくる。

本書は金融、クルマ、小売などの各業界で
ビジネス構築やマーケティングの実務経験があり、
一方、国内外の広告賞も多数受賞されている
著者による一冊です。

著者が2013年より無印良品と「MUJI passport」という
スマホアプリ開発の仕事を始めたことをきっかけに、
本書は無印良品の会長と社員を交えた、
対談という形で進められます。


無印良品はシンプルながらどんどん拡大を続け、
食品や文具中心であった旗あげ時から、
衣料品や家具、化粧品など生活全体をカバーする
品揃えになっています。

あまり派手さはないものの、
無印良品が消費者の心を
つかみ続けているのはなぜでしょうか?

そこには時代にマッチした、
「売り手」と「買い手」の理想像が存在していて、
それに従った展開をしているからなのです。

人はその理想像に共感するからこそ、
無印良品のファンになるといいます。

無印良品にあるのは、
「共感性」と「体験性」と「共創性」です。


ひと昔前とは消費者の「本当に買いたいもの」の
定義が変わってきています。

そんな時代の流れを教えてくれる一冊した。


個人的には、本当に大事なのは
「買う人」のパーソナライズではなく
「買ってもらう側」のパーソナライズだ、
という部分が特に印象的でした。


小売や商品企画に携わる人は
一読をお勧めする一冊です。
現代の消費者の心をつかむにはどうすればいいか、
ヒントが得られることでしょう。





ヨーグルトが入っていた空瓶に、
摘んできた野花をちょっと挿して、
テーブルの上に置いておく。
きわめてふつうのことですが、
そういうものを素敵を感じる美意識が日本にはあります。


20世紀の終わりにはびこっていた
「これがいい」「これでなくてはいけない」という
強い嗜好性をともなう価値観ではなく、
「これで十分」という理性的な満足をめざす。
といっても、不満足に耐えよう、
快適さを諦めようということではありません。
不満足や不快さを払拭していきつつ、
明晰で自信に満ちた「これでいい」を実現する。


ぼくらは、その地域ごとの嗜好性にかかわるようなところで
商品をつくろうとしてはいないんです。
いうなれば、無印良品の商品は、水のような位置づけですね。
世界には、ワインもあれば、ビールもあるし、
オレンジジュースも、コカ・コーラもある。
でも、そのベースになる水は共通したものでかまわない。
ぼくらはそういう存在をめざしたい。


生活の背景を作りたいんです。
(中略)
嗜好性の強いものもしっくりとなじめるような
背景をぼくらはつくりたいんです。


特定の商品のシェアを無理に伸ばそうとすると、
どうしても美意識の部分がぼやけてしまう。
だから、ひとりの人の生活のなかで、
同じ美意識を活かしてもらえる場面を
増やしていこうと考えたんです。


いま生活者が「買う」という営みに求めていることを、
きちんと読み解く必要があると思うんです。
その先にあるのが、この本でテーマとして掲げた
「新しい買い物」だと思うんですよ。


「売る」ために差別化をはかったつもりが、
かえって差がなくなって売れなくなってしまう


ひとりのユーザーとして、ぼくも
追跡型の広告にはあまりいい印象がありませんね。
見張られているような感じもイヤだし。
きっと、ぼくと同じことを感じている人は
少なくないと思います。


「いちばんすごい」でも「いちばん安い」でもなく、
「いちばん愛されている」。


「買う人」たちはいま、「買い物」を通じて、
3つの価値を得ようとしています。
それは「共感性」と「体験性」、「共創性」です。


商品の提供の前後にわたってつづく、
プロセス全体こそが「買い物」に
なってきているんじゃないか。


「買う人」は、モノ自体に本来備わっている
機能やスペックといった価値だけでなく、
そのモノが背負っている背景や、
そのモノが生活におよぼす影響力や可能性
といったところまで問う必要が出てくるんです。


「売る側」にしたら、「推しこんだもの勝ち」
くらいの考えなのかもしれないけれど、
「買う人」にしてみれば、そういうやり方をされると、
企業としての姿勢を疑いたくなる。


従来のように、商品を受けわたす瞬間だけの関係なら、
目をつぶるかもしれませんが、
長いつきあいをするとなると、
そもそもつきあうべきかどうかを
考えるということにもなりかねませんよね。


企業の活動への賛同を意思表示する、
応援するという意味で
「買い物は投票行為だ」といわれることがありますが、
まさにそれですね。


「買う人」たちは、商品だけでなく、
背景にある企業の考え方や姿勢も見ていて、
それが適切なものであればちゃんと評価してくれます。
それが商品の購入につながることも少なくないんです。


共感のもとでは、同じ方向を向いているわけですから、
「買う人」はいわゆる「お客さま」ではなくなります。
一緒に理想を実現する「仲間」のようなものです。


「買い物」として直接やりとりするのはモノだけど、
本当に買ってもらっているのは、
その先にある「素晴らしい時間」という
生活の体験じゃないか、と。


ここいっている共創は、
「1対多のかけあいのなかで、多様な価値が創造されて行く」
というイメージのものです。


カスタマイズは一見すると、「買う人」とのコラボで
新しい価値をつくっているように思えますが、
実際のところは、企業があらかじめ想定した
範囲内でのバラエティです。
結局のところ、企業主導の価値創造の域を
出ていないものが少なくないし、
企業と「買う人」との共創とはいえないと思います。


あまりあれこれ網羅しようとしはじめると、
肝心の部分のつかい勝手がおそろかになったり、
商品の目的が曖昧になってしまったりして、
かえってつかう人にとっての広がりや工夫の可能性を
狭めてしまったりしますから。


融通を利かせられるようにするためには、
やっぱり余白が必要です。
でも、余白をつくるとは、裏を返せば、
肝心の部分を決めるといこと。


「買う人」と商品の共創によって
生活のなかから生まれた提案が、
大勢の人たちのライフスタイルを
変える可能性もあるということです。
誤解をおそれずにいうなら、文化をつくる可能性がある
といってもいいかもしれません。


「買う人」同士の関係性が深まれば、
工夫に長けているクリエイティブな人や
専門知識をもっている人にも出会いやすくなるし、
商品の楽しみ方や新しいつかい方を
互いに教えあうこともやりやすくなります。


「新しい買い物」と「従来どおりの買い物」。
2つの方向のうちの、どっちを選ぶのか。どっちを志すのか。
まずそこをきちんと選んで決める必要があると思います。


「買う人」のパーソナライズはみんな熱心にやっているのだけど、
本当は先にやらなくちゃいけないのは、
「買ってもらう側」のパーソナライズなんです。
そっちのほうが大事。


別に「みんながおいしいといっている」かどうかには、
興味なんかないわけですよ。
ぼくにとっての意外性がほしいもであって、
代わりにネット検索してほしいわけじゃない。
きっと同じことを感じる人は少なくないはずです。


ぼくら無印良品は、
自分たちが信じるものを大切にするためにも、
商品をつかってもらう人たちの範囲を広げるという
活動の発展のさせ方よりはむしろ、
共感してくださっている人たちの生活のなかでの
守備範囲を広げていくというやり方を重視していますから。


ひと昔前なら、指揮をする管理職とか、本部とかがいて、
現場はそれに従って働くのが当たり前でしたが、
いまは逆になりつつありますね。


「買う人」とのあいだで共創をくり返すことで、
「やかん」のように「これでいい」と思える商品を
つくりあげていくような。
無印良品では、そんな考え方を
「くりかえし原点、くりかえし未来。」
という言葉にしています。


お客さまは話を聞きに来ているのではなく、
話をするために来ているのです。





engineer_takafumi at 22:53│Comments(0) ★一般書の書評 | ⇒ マーケティング・営業

コメントする

名前
 
  絵文字