2018年07月28日

神さまとのおしゃべり

本日は さとう みつろう氏の
神さまとのおしゃべり
です。
神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-


本書は人気ブログ『笑えるスピリチュアル』の
運営者である著者による一冊です。

ごく平凡なサラリーマンの主人公、みつろうが
おちゃめな神さまの授業を受けるという形で
どうやれば幸せになれるか、を説きます。

本質的なことなので、目新しいことはありません。
しかし、著者の「笑いと勇気」という世界観がでていて
たくさんの笑い、たまには涙と、感情を動かされながら
世の中の真理を学ぶことができます。

この本で一貫して主張されていることは、
「目の前の現実は全て自分が望んだものである」
ということです。

ある人にとっては受け入れがたいかもしれませんが、
この言葉が腑に落ちるようになれば、
幸せに一気に近づいたと言えるのかもしれません。

500ページもある大作ですが、
とても読みやすい本なので
一気に通読することができました。


個人的には、
「自己弁護が起こる時はいつでも、
反対側の意見も自分が支持しているからだ」
という部分が特に印象的でした。


不運だとか、不幸せだとか
今の自分の境遇をネガティブに感じる人にお勧めです。
人生を自分でコントロールする
ヒントがつかめるでしょう。



その人の現実に、その人が望んでいないことは
なに1つとして起こらない。
この世は全て、その人の望み通りじゃ。


全てが叶っている=幸せなのに、
その事実に気づけない人が、「自分は不幸だ」と
思いこんでおるだけなんじゃよ。


「現実」に、不満があるなら、
願ったお前たちが「自分の願いである」ことに
気づいていないだけじゃよ。


それぞれの人が、それぞれになにかを信じ込み
各々の「常識」のなかで窮屈に生きておる。


たった1つの事実なんてどこにもない。
あるのは見る人それぞれの、「解釈」だけじゃ。


「もらえる」とさえ信じていれば、
表面的な理由はなんであっても
結局もらえるということじゃよ。


ある人たちは、「金持ち」と「簡単」をくっつけているよ。
それがお金持ちと呼ばれている人たちじゃ。


本来は、「お金」と「幸せ」なんて、全く関係ない。
なのに、お前がその2つを勝手にくっつけたんじゃ。


人生は3段階なんじゃ。
1,「全てが大丈夫」だと知っているから、つまらない観念を無数に獲得していく時期
2,「大丈夫」だということを忘れてしまい、抱え込んだ無数の観念のせいで悩む時期
3,誰かに秘密の人生のルールを教えてもらい、理想通りの現実へと構築しなおしていく時期


「自分は不幸である」と一度思わないかぎり、
「自分は幸せである」とは実感できないんじゃよ。


「現実」とは自分自身がなにを信じているかを
チェックするためだけにあるんじゃよ。


感情が湧いた時には感情におぼれず、
自分自身を静観してみなさい


感情が湧く場所には全て、
確実に「固定観念」という前提がある。


感情があふれるできごとが「現実」に起きたなら、
それはチャンスだと思いなさい。


「意外」とは、自分で勝手に「意」を仕こんでおいて、
そのあと、その「意」を「外」して、びっくりしとるだけじゃ。


「観念」とは、なにかを信じている状態のことなのだから、
そのなにかを信じなくなれば、すぐに消えてなくなる


そのためには、
1,まず自分の固定観念に「気づく」必要がある
2,自分で気づくためには、「現実」という鏡を見る
3,探す場所は、感情があふれるできごとの周りで
4,そこに真の犯人である固定観念がある


自分が信じている"反対側"を信じる勇気を持てばいいだけだ!!


現実を変えたいなら、「投影元」である、
あなたの考えを先に変えるしかない。


「現実」を見て、それとは違う
「思いたいこと」を想像しなさい。


宇宙にお願いごとをする時、否定後は通じないんじゃよ。


「苦いものは嫌い」と言っている間、
「苦いもの」をただひたすらに想像しつづけている。


想像したことが叶うこの宇宙で、
ずーっと「貧乏」を想像しつづけておるんじゃぞ?


幸せになりたいのなら、
好きな方向をちゃんと想像しなさい。


「働かない」ことを目標に掲げて、
今「働いて」おるんじゃぞ?


これまで人類は何千年もの間、願い方を間違えてきた。
教会や神社に行き、「私は○○になりたい」と
願ってきたのだから。


今「幸せ」じゃないなら、
その人が「幸せ」を探せていないだけじゃ。


幸せな人がいるわけじゃない。
「幸せだ」と思った人がいるだけなんじゃから。
金持ちな人がいるわけじゃない。
「金持ちだ」と思った人がいるだけじゃから。


叶っていない夢があるから、人生は楽しい。


不足を見たくないなら、「なりたい」なんて言わずに、
「すでにそうである」と信じなさい。


見えるものは、不足だけじゃ。
充足は感じることしかできない。


「悩んでいる」ということは、
実は「どっちでもいい」からこそ、悩んでいるのだ


公開している人間は全て、
「違う選択肢のほうがよりよかったはずだ」
と勝手に思いこんでいる。


お前が計算できていないだけで、ひょっとすると、
その目の前のできごとは「いいこと」の
布石なのかもしれない。


お金がほしいなら、お金をもっと愛しなさい。
お金を正直に好きになりなさい。


金持ちになるのは難しくない。
いや、簡単である。


本当の金持ちはな……与え上手なんじゃよ。


人は簡単に手に入ると思うのは、
簡単に手放すんじゃよ。


人は、手放した時と同じ態度で、手に入れるのだから。


本来、全てが等価交換だったのに「お金」だけを、
等価で交換していないんじゃよ、現代人は。


十円の駄菓子を10回でも「買えるんだ!」とよろこべば、
ベンツを5回「変えないんだ……」を思う気持ちを、
打ち消してあまるということになるんじゃ。


お前が感じた「うらやましい、悔しい」という言葉は、
自分にはそれができないと思った時に出る言葉じゃ。


究極の優れた知恵は、心から頭に染み出すんじゃ。


お前が知らないことを一番よく知っている人は、
お前が嫌いな人なんじゃよ。


「裏で文句を言う」も、ただの価値観なら
「表で堂々としかる」というのもただの価値観じゃ。
どちらが正しいなんてあるわけがない。


思ったことが現実となるこの世界で、
「私は、楽に生きている」と思ったんじゃ。


他人の努力を、ただ褒めるだけで。
他人の行動を、ただすばらしいと言うだけで。
こんな簡単なことはないよ。


お金を使い切れなくなった金持ちはどうすると思う?
ドブにでも捨てるとでも思っとったのか? 違うんじゃよ。
使い切れなくなったお金は、絶対にあふれ出す。
金持ちは、周囲にお金を回すようになるんじゃ。
すると、お前にもそれが回ってくる。


誰かが悪意でもって他人を傷つけようと行動しても、
「傷」をつけることは絶対にできない。
本人以外にはな。


自己弁護が起こる時はいつでも、
反対側の意見も自分が支持しているからだ


どちらもお前の意見なのに、
片側だけ応援するから苦しくなるんじゃ


人は他人を傷つけることはできない。
自分自身で傷つくだけじゃ。


くつろげば、お前が望んでいる役割は全て
「ここ」にやって来るよ。


目の前に起こるできごとの中から、
「自分が起こした」と錯覚した部分を、
人間は「自力」と呼んでいるだけじゃ。


映画を見ているその「本当の私」が「お前」じゃよ。
「さとうみつろう」なんていない。
その人はこの宇宙というドラマの登場人物じゃないか。


本当のあなたは「DVDを替えたい」だなんて、
絶対に思っているわけがない。
替えたいんだったら、もう替えているのだから。


起こるできごとの全てを、「本当のあなた」は愛している。
ということは「絶対感謝」の視点になれる位置こそ
「本当のあなた」がいる場所なんじゃ。


夢を抱いたその人は、なぜだか
「自分の夢だけは」ハードルが高いと錯覚する。
「夢は叶わないもの」だと教えられているからじゃ。


悩みは「その人」にとってだけ大きく見える。
ほかの人が見たら、顕微鏡でも探せんよ。


怒ったくらいで、お前たちのことを見放すような存在を、
神と呼べるだろうか? 神と呼びたいだろうか?
どれだけ怒ってもいい、どれだけののしってもいい。
ワシはその全てに耐えられる力を持っておる。


「死」は100%起こる。
だから、「待っていれば絶対に体験できること」
について質問する時間があるなら、
「生きているうちにその世界でしかできない、色んなこと」
を体験しなさい。


「いつか」と願えば「いつか」が叶う。
そして「いつか」なんて、いつまで待っても、
絶対に来ないんじゃよ。


夢は、「なれている」だよ! 「なりたい」じゃなくて!!


ほかと分離されたこの世界で、
なにか意見を言うということは、
同時になにかを「ダメ」だと言っていることになる。


「No」と言うから、批判になる。
全てに「YES」と言えばいいんじゃ。
全ての意見を認めるんじゃよ。


「矛盾」も認めてあげないと、
全てに「YES」と言ったことにはならないぞ?


ネガティブなことを考えたことを、
悪いことだと考えることが、悪いんじゃ。
今、どう思っているかだけが大事じゃ。


どんな感情が起こっても、イーンダヨ!


人間の一番まちがった教育は「幸せになりましょう」じゃ。


感謝とは、そういうことなんじゃよ。
抱えた不安が、一瞬で消えたじゃろ?
ただ感謝しただけなのに。


「ありがとう」は架け橋じゃない、
「ありがとう」が到着地じゃ。


幸せになるために感謝するんじゃない。
感謝している時が幸せなんだ


おまじないが効くのは、
「私」がどうしてそうなるのか、
仕組が説明できない時じゃ。


ひっとすると「神さまが人間を作った」と言うより、
「人間が神さまを作った」
と言ったほうが的確なのかもしれない。






engineer_takafumi at 19:19│Comments(0) ★一般書の書評 | ⇒ 自己啓発

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