2020年04月12日

ユダヤの商法

本日は藤田 田 氏の
ユダヤの商法
です。


本書は東大在学中に輸入業を起業し、
日本マクドナルドや日本トイザらスを
立ち上げた故 藤田 田 氏のベストセラーを
復刊したものです。

藤田氏はユダヤ人から商売を学び
「銀座のユダヤ商人」と呼ばれていました。

そのユダヤの商売について書かれたのが
この「ユダヤの商法」です。

初版は1972年で総計276刷、82万7000部という
超ベストセラー、ロングセラーです。


50年以上前の本なので、
現代に役に立つのだろうか?
とも思いましたが、普遍的な内容で
今も輝きを失っていません。

また、基本的に
当時のままで復刊されているので、
今だったら許されないような
率直な表現もあり、楽しむことができました。

「ユダヤ」のビジネス本はヒットの定番です。
その根は藤田氏にあったのだな、とわかりました。


日本人にとっては、
ユダヤ人はあまりなじみがありませんが、
歴史的な背景を含め、
その商才の理由がわかりました。


個人的には、
著者が旧友の共産党候補の応援をした
(選挙資金を用立てた)
時のエピソードが特に印象的でした。

藤田氏のように伝説と言われる方には、
このような強烈なエピソードが
あるものだな、と感心しました。


「お金が欲しい」と起業をする人には
お勧めの一冊です。
成功する商人はどんな思考回路で動くのか
本質を知ることができるでしょう。



世の中には『金を貸したい人』が多いか、
『金を借りたい人』が多いか、といえば、
『貸したい人』の方が断然多い。


日本人は「きょうはバカに暑いですね」とか
「少し寒くなったようですな」というが、
ユダヤ人は暑さも寒さも数字に換算する。
「今日は華氏80度だ」、「今は華氏60度だ」
というように、正確に寒暖計の数字を読む。


そう、イエス・キリストもユダヤ人なのだ。
世の中には、キリストを殺したのがユダヤ人であって、
キリストはユダヤ人ではないと
思っている人が多いようだが、
キリストだってユダヤ人である。


ユダヤ商法に商品はふたつしかない。
それは女と口である。


商法というものは、
他人の金を巻き上げることであるから、
古今東西を問わず儲けようと思えば、
女を攻撃し、女の持っている金を奪え


商売で男から金を巻き上げようと思うと、
女を相手にするより10倍以上もむずかしい。
といのは、もともと男は金を持たないからである。
はっきり言えば、金を消費する権限を
持っていないのだ。


といっても、口に入れる商品は、女性用品ほど、
たやすく儲けることはむずかしい。
ユダヤ商法で、女性用品を『第一の商品』とし、
口に入れる商品を『第二の商品』と
している理由もここにある。


日本人は総体的に蛋白質のとり方が少ない。
だから、背は低いし、体力がない。
国際的な競争に打ち勝つには、まず、
体力から作らなければならない。
私がハンバーガーに手を出したのも、
日本人の体質を変えようと思ったからでもある。


日本人が肉とパンとイモのハンバーガーを、
これから先、1000年ほど食べ続けるならば、
日本人も、色白の金髪人間になるはずだ。
私は、ハンバーガーで日本人を金髪に改造するのだ。


問題は三ヶ月目の実績である。
ここで青写真通りに行かない場合は、将来、
商売が好転するというはっきりした
見通りがつかめない限り、
思い切りよく手を引いてしまう。
(中略)
商売はうまく行かなかったが、手を引くことで、
ガラクタは一切背負い込まないですんだと考えて、
むしろサバサバした顔をしているのだ。


『桃栗三年、柿八年』とか『ダルマさんは面壁九年』とか
『石の上にも三年』などといって、
日本人は辛抱強く努力を続けることが成功のための
最大の要因だと思い込んでいるが、
これではユダヤ商法に太刀打ちすべくもない。


ユダヤ式"会社観"とは、
自分の会社を高く売り飛ばすことである。
会社とは、愛の対象ではなく、
利益をしぼり出すための道具にすぎない、
というのがユダヤ人の冷静な会社観なのである。


ユダヤ人は"契約の民"といわれている。
それだけに、ユダヤ商法の神髄は『契約』にある。
ユダヤ人は、いったん契約したことは
どんなことがあっても破らない。
それだけに契約の相手方にも
契約の履行は厳しく迫る。


ユダヤ人は税金はごまかさない。
税金はいわば国家との契約である。
契約はどんなことがあっても守る
ユダヤ人にとっては、
脱税は国に対する契約違反にほかならない。


「この取引で、私は利益として10万ドル欲しい」
とユダヤ人がいう時には、
その10万ドルには税金は含まれていない。


10分間ならまだましも、ユダヤ商人は、
平気で面会時間を5分間とか1分間と指定してくる。


貿易商は外国人が呼びやすい名前でなければならない。
貿易商に限らず、
インターナショナルな人間であるためには、
外国人に親しみやすい名前をつけるべきだ、
というのが私の持論である。


軽蔑されながらも、ユダヤ人はケロリとしていた。
くよくよするどころか、逆に、
そういった軽蔑してくる輩に金を貸し、
金銭で実質的には征服しているのである。


差別は、相手が劣等な場合の優越感からくるものと、
相手が優秀な場合の恐怖感からくるものとの
二つの種類がある。


国内外の同業者は、私のことを
『銀座のユダヤ人』と呼んでいる。
私はそう呼ばれることに満足し、
自分でもそう名乗ってはばからない。


飛行機をチャーターしても納期に間に合わせたフジタ。
大統領に直訴した最初のニッポンのユダヤ人フジタ――


ひょっとすると、この薄利競争という名の
『死のレース』は、徳川時代に商人を弾圧して、
権力をふるって安売りさせた時の、
名残りの商法ではないだろうか。


人間は食べるために働くのさ。
働くためのエネルギーをつけるために
食べるのじゃあないよ


とりたててタブーであると書く必要もないが、
戦争と宗教と仕事に関する話は、
絶対にしてはならないという暗黙の掟がある。


ユダヤ人にとって、清貧に甘んじている学者などは、
偉い人でもなければ、尊敬に値する人でもない。
学問や知識がどんなに優れていても、
貧乏であれば軽蔑され、下等視される。


一度、商売がうまくいった相手でも、
ユダヤ人は次の取引の際には、
新しく取引を開始する相手以上には、
決して信用しようとはしない。
商売の相手は、一回一回すべて「初回」なのだ。


イスラエル秘密警察は、
ドヤドヤとよその国に踏み込んで、
アイヒマンを引き立てて行ったのである。
アルゼンチンはイスラエルによって、
明らかに主権を侵されている。
(中略)
ジャーナリズムさえ黙らせてしまえば、
国家の主権を侵すことを始め、
なんでも思いのままに振る舞える。
ユダヤ人はそれを知っているし、
すでに実行しているのだ。


ユダヤ人がユダヤ人以外の人と取引をする時、
いちいち「ドイツ人」とか「フランス人」と
相手を分けて呼ばず、
すべて『異邦人』で片づけているのも、
ユダヤ人が国籍など毛頭気にとめていないからである。


ユダヤ人は隠居をしない。
隠居をしないユダヤ人が「オレはあと五年だ」
という時は、五年後に仕事から引退する、
という意味でなく、五年後に死ぬだろう、
ということなのである。


ヒマのない人間はお金儲けなんかできません。
商人は金を作ろうと思ったら、
まずヒマを作らなくてはダメです


法律なんてものは、どうせ人間が作るものだ。
ユダヤ式に言えば、60点すれすれで
合格したような不完全な法律ばかりである。
そこへ着目しなくちゃならん。
法律の欠陥や法律の隙間には、
キャッシュがぎっしり詰まっているものと思え。


日本人は契約を交わしたあとも、
相手を信じようとしないが、
ユダヤ人は契約を交わしたら
相手を全面的に信頼する。
それだけに、契約が破られ、信頼が裏切られた時は、
決してマアマアでは済まされない。
徹底的に損害賠償を請求してくる。


国家公務員という名のお役人の幹部の大半は、
東大卒である。
国民の税金で勉強させてもらった東大生は、
卒業するとお役人になり、一生、
税金を食って過ごすのである。
資本主義の世界において、こんなバカな話はない。
国民の税金で大学教育を受けさせてもらった学生は、
卒業すれば今度は社会に出て、
納税者となるべきである。
少なくとも、一生、国民の税金で暮らすことは、
大変恥ずかしい、寄生虫行為だと思うべきである。


映画鑑賞も、大切な勉強なのである。
だから、よほど特別な理由がない限り、
映画鑑賞会を休むことは相ならん、と言い渡してある。


ユダヤ商法では、女は最大の顧客であるが、
同時に、最大のパートナーでもある。


つまり、日本という体の中に、共産党というバイ菌がいて、
それが暴れれば暴れるほど、アメリカという医者は
日本へ良薬を与えてくれるのであります。
(中略)
私が選挙資金を一部融通したのは、ソロバンずくでの
私の商売にほかならないのであります。


検疫官という役人が、
日本に帰って来た時に最初に出会う日本人だが、
日本が始めての外国人にとっては、
それこそ検疫官が生まれて初めて見る日本人だろう。
その最初の日本人の印象が悪いということは、
日本にとって致命的とでもいうべきマイナスである。


何かを狙った場合、まず「買う」のはシロウトである。
クロウトはまず売る。売ってから儲けるのである。
商売は『売り』と『買い』があって、初めて成立する。
そして『買い』よりも『売り』の方が、
はるかに利幅は大きいのである。


ニクソン・ショック前後のユダヤ人のドル売りは、
狂気に近かった。
ドル売りはキャッシュである。
八月には前月比46億増の120億ドルが日本に貯まったのだ。
ついに一ヶ月で戦後25年間に貯めた外貨を
はるかに上廻る外貨が日本へ流れ込んだ。
これだけのキャッシュを自由に動かせるのは、
ユダヤ人を除いては、絶対にいない。


ユダヤ人は1ドル360円でドルを売り、
円切り上げで1ドル308円になった現在、
ドルを買い戻せば1ドルにつき52円の儲けになる。
逆に日本は1ドルにつき52円の損をする。


こうした事態を、ただ手をこまねいて見ていたのが
無能な"政治家"と称する輩だ。
私に言わせるならば"無能"は立派な"犯罪"である。


ユダヤ人は、二匹目のドジョウを柳の下に求めてみる、
そんな商人なのだ。


当初、三越側の計算では、
ハンバーガーの売上は1日15万円。
うまくいって20万円という予想だった。
私は一日に4000食とふんでいた。
1個80円だから、4000食だと32万円。
端数は取って、1日に30万円は売れるだろう
というのが私の予想だった。
ところが、いざフタをあけてみて、私は仰天した。
1日に30万円どころか、
100万円の売上を記録したのである。


日本人好みの味に変えたらいい、
というありがたい忠告にも耳は貸さなかった。
なまじ手を加えて、
思うように売れ行きがでない場合は、
お前が味をいじったからだ、と
非難されるのがオチである。
味も変更しない。私はそう決めた。


ハンバーガーは直接的には"口"を狙った商品ではあるが、
その口も、さらに言うならば"女の口"を狙った商品である。


本当の商人はきらいなものを売る。
自分がきらいなものだと、
どうやれば売れるかを、真剣に考える。
自分の弱点だから、ある場合には必死になる。


私も"銀座のユダヤ人"です。
最初から損をするような会社は作りません


つまり、ユダヤ教は牛肉とミルクを
同時にとることを禁止することで、
相手を根だやしにしないようにと
教えているのではないかと思われる。


自分では食べない豚も、
商品になるとあれば、飼育して売買する。
ユダヤ教は、食べてはならないものは設けても、
それを売買することまでは、禁止していないのである。





engineer_takafumi at 21:17│Comments(0) ★一般書の書評 | ⇒ 経営

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