2005年06月27日

理系白書

理系白書は毎日新聞の科学面の連載企画を単行本化したものです。


戦後の日本の驚異的な経済成長も、科学技術と密接に絡んでいます。そして、科学技術を支えてきた人こそ、理系の科学者や技術者たちです。

しかし、その貢献に見合う評価と報酬を受けてきたか、というと、答えはノー。実際は科学技術の作り出した富の多くは、不動産や金融などに流れていきました。

日本社会は、理系人材を生かしきれていないのではないか?、それが現在の日本社会の閉塞感につながっているのではないか?、との仮定の下、現状に一石を投じます。

一方、理系独自の閉鎖的な文化にも触れています。タコツボ社会、極端に少ない女性、社会的責任に無関心、辛口の提言もあります。

本書では、以上のように理系というキーワードの元、現代社会を分析します。

理系の人はもちろん、専門家しすぎた科学技術に疑問を感じている人たちには是非一読して欲しい1冊です。


内容
 第1章 文系の王国
 第2章 権利に目覚めた技術者たち
 第3章 博士ってなに?
 第4章 教育の現場から
 第5章 理系カルチャー
 第6章 女性研究家
 第7章 失敗に学ぶ
 第8章 変革を迫られる研究機関
 第9章 研究とカネ
 第10章 独創の方程式
 第11章 文理融合







第1章 文系の王国

この章では文理の収入の格差や政界・財界のトップに理系が少ないことに疑問を投げかけます。

しかし、元々政界・財界のトップのような仕事は文系の仕事に位置づけられるのではないでしょうか、収入の格差は問題ですが、このような発言もあります。

「何になるかは文系が有利だが、何をするかについては理系が充実」

政界に理系が少ないが故の弊害の部分は理解できましたが、だからといって理系が不幸のような言い方をされては心外だな、と感じました。


第2章 権利に目覚めた技術者たち

この章では、青色ダイオードを発明した中村修二氏の話をはじめとした、技術者の報酬の問題を解説します。

その中で日本の技術者の待遇は、アメリカに比べはるかに悪いことが指摘されています。

中村氏は言います、
「技術者が、いかに冷遇されているか。日本では会社が殿様、技術者は家来。しかも辞めないから状況が改善されない。」

中村裁判などで、会社に対する憤りは衆知のところです。ですが、問題は後半で中村氏は辞めない技術者にも大きな憤りを感じているはずです。

そんな会社辞めちまえ。あなたたちが会社に従う限り状況は改善されないんだ。

中村氏の数々のアグレッシブな行動やメッセージは、会社ではなく、技術者に向けられている、私はそう感じました。


第3章 博士って何?

博士、自立した研究者の称号です。
しかし、ポスドクといった不安定な身分だったり、専門性が高すぎるが故に一般企業から敬遠されたり、現実はかなり厳しいようです。

「好きな研究ができるとはいえ、自分の食いぶちも稼げない博士って…」

現代の日本社会では、博士を取ることは、大きなリスクであることは間違いなさそうです。

ですが、個人的にはそれはそれでいいと思います。博士だけは、修士のように大衆化してほしくありません。それなりの敷居があってしかるべきです。

ただ、社会として、職のない博士を抱えていることは、優秀な人材をみすみす埋もれさせているわけで、大きな損失です。

博士の英知を、社会に還元する仕組みは整えなくてはいけません。


第4章 教育の現場から

「科学が遠くなっている。世の中が便利になればなるほど、私たちは、科学の魅力や恩恵を感じにくくなっているようだ。」

科学に関心がない、興味がない、そんな人達が増えているようです。

その反面、オタクのように、科学の魅力に惹かれる人もいる。
(私もその一人かもしれませんが…)

専門家が一般の人に専門分野の説明をする時、
「こんなこと、一般人にわかるわけないよな」
というあきらめがあるような気がします。

そのあきらめは、人に与えられた時間が有限であることを考えれば、当然かもしれません。

しかし、そのあきらめこそが、一般人の科学に対する無関心を招いている。

科学が専門でない人の科学教育はどうあるべきなのでしょうか?
社会の中の科学を論じる際、中心となる課題だと考えています。


第5章 理系カルチャー

地下鉄サリン事件をはじめとする一連のオウム事件では、組織の中枢で高学歴の理系の幹部達が、事件に関わっていたことで、社会に大きな不安を与えました。

科学の発展に不安を感じる人も、この事件後急増しましたように思えます。

彼らは極端な例にしても、社会に無関心になり易い「理系カルチャー」なるものは、確実に存在します。

なぜなら、「どうでもいいことに熱中できる人ほど、研究者としても優秀」と言われるように、研究者にはいわゆる
オタク的な資質が必要だからです。

「若い研究者たちは、必要に迫られない限り、外との付き合いをせずに済む。それで世界が完結するんです」

社会に開かれた科学にするためには、学生や若年研究者の段階から、少しでも社会に接する機会を増やすことが必要だと思います。


第6章 女性研究者

「科学の世界はとにかく、女性のお手本がいない。私が少女時代に知っていた女性科学者はキューリー夫人だけ。今も状況はさほどかわらない。」

この言葉のように、科学の世界はとにかく女性が少ないです。

生物や医学などの分野では、まだ女性が多いですが、工学や物理学などでは女性比率が数%程度しかないという例もざらです。

「理系は男性のもの」
男性・女性、文系・理系を超えて、こういう認識が社会に蔓延しているように思えます。

この空気を変えるためには、本章中で紹介しているポジティブ・アクションなど、多少強行な手段をとらなければなりません。

個人的には、女性の科学への進出は、多少の混乱を招いたとしても、余りあるメリットがあると考えています。


第7章 失敗に学ぶ

科学の発見には「失敗」を起点にしているものが少なくありません。

例えば、ノーベル化学賞を受賞した白川先生のエピソードですが、
ある物質を合成する実験の際、ある留学生が間違えて1000倍の触媒を投入しました。

合成は失敗したが、試験管の中に薄い膜ができました。
その膜に興味をもって研究を進めたところ、導電性プラスチックの発見につながりました。

理系人間としては、失敗を恐れすぎず、失敗から謙虚に学ぶ姿勢が必要です。


第8章 変革を迫られる研究機関

「大学と起業は時計が違うんです」

日本は、大学の産業界での競争力が、主要国中最下位とのことです。

日本では、大学は純粋な研究機関と位置づけられ、じっくりと基礎研究が行われています。
しかし、悪く言えばスピードがない、産業応用を無視していることになります。
この章では、研究機関の問題点と変わりつつある現状をレポートします。

大学には3つの役割があります。
教育、学問、産業。
私はこの順に重要だと考えています。

確かに日本では「産業」がないがしろにされている部分があるかもしれません。
足りない部分を補うことは重要ですが、大学がバランスよく発展すればいいなと切に願います。


第9章 研究とカネ

理系の研究にはどうしても多額の費用がかかってしまいます。
とはいえ、もちろんお金は有限ですので、研究になんらかの評価をして配分をする必要があります。

しかし、将来性まで見据えて研究の評価をするということは大変難しいようです。

この章では、研究とカネをめぐる研究者の苦悩を描きます。

「米国では、国の研究費を配分する全米科学財団が、助成金を受けた研究者に対し、教育活動などによる社会への還元を勧めている」

成果につながり易い応用研究にばかり金がまわり、基礎研究がないがしろにされては大変です。
しかし、税金を使う以上は何らかの形で社会に還元することは必要です。


第10章 独創の方程式

「物まねは得意だが独創性はない」
日本の科学技術がこのように言われることがあります。

でも本当に、日本の研究者は独創性がないのでしょうか?
私は決してそうは思いません。

本書でも、独創性の高い研究者が沢山紹介されていますし、
日本にはノーベル賞受賞者もいます。

それらの輝かしい成果は、決して例外的なものではなく、
日本人科学者の独創性の高さの氷山の一角なのです。

それではなぜ、そのように言われるか?
それは、ひとえに日本社会に独創性の高い研究を評価する
能力がないということにつきます。

ノーベル賞を受賞した島津製作所の田中さんが、受賞まで
全く評価されていなかった事も評価眼のなさを示しています。

実際は独創的なものの評価は難しく、一方的に非難するのも
無責任だとは思うのですが…。

せめて、研究成果の評価を完全に外国に依存する事
それだけは、改められないのでしょうか?


第11章 文理融合

文と理の関係を男女の仲に例える人がいるとのことです。
「引かれ合うが理解し合えない」

とはいえ、文と理は分離されるべきものではないはずです。
融合されることにより、新たな視点が見つかることでしょう。

日産のカルロス・ゴーンさんは、学校は理系だったとの事です。
経営が文系の仕事だというのは間違いだったようです。

「現実をねじ曲げず、ありのままに受け止めるのが理系の長所」

今まで、文系の仕事思っていた仕事に、理系が進出する意義は
意外に大きいと考え直しました。

















engineer_takafumi at 00:28│Comments(0) ★理系本の書評 | ⇒ 理系の人・理系社会

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